バインディング・オブ・アイザックのキリスト教要素について

Gayaline

 前回はバインディング・オブ・アイザックのストーリーについて考察してみましたが、今回はその世界観の考察の補強として、本作のキリスト教的要素について解説してみたいと思います。
 キリスト教や聖書については馴染みのない人が多いかもしれませんが、本作のバックグラウンドとしてその要素は非常に色濃く、有数のキリスト教的なゲーム作品となっています。
 以下では、メインストーリーから各キャラ、アイテムに至るまでの個々の要素にどれほどキリスト教的な由来があるかを明らかにしていきます。
 聖書からの引用は、聖書協会共同訳を使用しています。


メインストーリーの原典について

 本作のストーリーの中心は主人公であるアイザックが母親に殺害されそうになって、地下世界に逃げ込むことだが、この部分は旧約聖書の「イサクの奉献」のストーリーに基づいている。タイトル画面のBGMの曲名「Genesis 22:10(創世記22章10節)」前後に記されているこの物語では、アブラハムがある日神からこのような言葉を受ける。

「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そして私が示す一つの山で、彼を焼き尽くすいけにえとして献げなさい。」(創世記22:2)

つまり息子を自らの手で生贄として殺害しなさいということである。アブラハムは迷わずその通りにしようとし、刃物で息子を殺害しようとする。そこで神が、

「その子に手を下してはならない。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが今、分かった。あなたは自分の息子、自分の独り子を私のために惜しまなかった。」創世記22:12)

とアブラハムを止め、代わりに雄羊を捧げることになったというのが聖書の物語である。一方でゲームのストーリーでは、アイザック(イサクの英語読み)の母親が、アイザックを生贄に捧げよという神の声を聞き、彼を殺害しようと迫る。最初のエンディングであるエピローグでは、神が棚から聖書を落としてママを止めるという原典通りの展開になるが、これはアイザックの書いた筋書きである。アイザック自身もこの話を知っていたようだ。
 母親がこれほどの凶行に及んだ背景であるが、彼女はそれまで「クリスチャンのチャンネルを毎日ガン見」していた。これはアメリカでよく見られるテレビ伝道師の番組である。主にプロテスタント福音派が放送しているもので、テレビを通して説教を聞いている。その後子供が堕落しているとしていろいろな物を取り上げるのも、よくある事態である。逆戻りルートで戦うドグマはテレビから登場するが、これはそうしたママに影響を与えたキリスト教番組の化身のようなものだろう。戦闘中に流れるBGM「Living in the Light」のボーカル部分では、説教師が聖書を引用しながら罪を悔い改めることをひたすら説いている。
 前回説明したように、母親がこれほどキリスト教にのめり込んだのには、父親が飲んだくれて家を飛び出したことが原因であることが示唆されている。

各キャラクターについて

 本作に登場するキャラクターのほとんどは、聖書に由来している。その人物像について解説しよう。

名称 聖書での人物像
マギー フルネームのマグダレーンは、イエスに付き添っていた女性であるマグダラのマリアのことだろう。彼女はイエスの復活の際にもそばにいた。アイザックの母親の名前でもある。
ケイン アダムの息子でアベルの兄であるカイン。いさかいにより弟を殺害してしまう。 アベルの方はアイテムとして登場する。
ユダ 有名な裏切り者である、イスカリオテのユダ。イエスの場所を密告して銀貨を得たが、後に後悔して自殺してしまう。外見はユダヤ人の帽子であるキッパをかぶっている。
イブ 最初の女性にしてアダムの妻。蛇に誘われて知恵の実を食べたことで、楽園を追放されてしまう。
サムソン 「士師記」に登場する怪力の持ち主。異民族であるペリシテ人を散々にやっつけるが、デリラに怪力の秘密を話してしまい、敵に捕らえられる。最期は自分もろとも神殿を崩壊させペリシテ人を道連れにする。
アザゼル 「レビ記」に記された異教の神で、後には悪魔の一柱とされた。詳細はこちら。
ラザラス イエスが死から蘇らせた人物であるラザロのこと。
エデン アダムとイブが暮らしていた楽園のこと。
リリス 「イザヤ書」に「夜の魔女」として言及される存在。後にアダムと共に創造された女で、アダムを嫌って彼の元から飛び出したと考えられるようになった。
アポリオン 「ヨハネの黙示録」に記された第五の災い(イナゴの害)をもたらすもので、底なしの穴に住む。別名アバドン。
ベタニア ラザロが住んでいた村の名前。マルタと姉妹の、ベタニアのマリアのことを指すことが多い。マルタがイエスの世話をしていたのに対し、マリアはイエスの話をよく聞いていたことで対比される。
ヤコブとエサウ イサクの双子の子供。弟ヤコブは策略を用いて父からの祝福を得たことでエサウから恨まれるが、最終的には和解する。

ボスについて

 本作のボスのある程度はアイザックのトラウマや妄想からなっていることは前回解説したが、それ以外のいくつかのボスは聖書由来である。
 代表的なものとして、【ヨハネの黙示録】を使用すると現れるボスは、まさにその黙示録に記された4人の神の使いで、黙示録の四騎士と呼ばれる。第一の白い騎士は勝利(コンクエスト)を、第二の赤い騎士は戦争(ウォー)を、第三の黒い騎士は飢餓(ファミン)を、第四の青白い騎士は死(デス)をもたらすとされる。

そして見ていると、青白い馬が現れた。それに乗っている者の名は「死」と言い、これに陰府が従っていた。彼らには、剣と飢饉と死と地の獣とによって、地上の四分の一で人々を殺す権威が与えられた。(黙示録6:8)

ゲーム内ではコンクエストは別のボス扱いだが、正しい四騎士にはペステレンスではなくコンクエストが入る。疫病(ペステレンス)は別の場面で出てくる災いである。
 最終ボスのザ・ビーストもまた、黙示録に記された獣であり、サタンの手先である。ギリシャ語でテリオンと呼ばれる。そしてその獣が広める数字が、666である。

また私は、一頭の獣が海から上って来るのを見た。その獣には十本の角と七つの頭があり、角には十の王冠、頭には神を冒瀆する名があった。私が見たこの獣は豹に似ていて、足は熊のようで、口は獅子のようであった。竜はこの獣に、自分の力と王座と大きな権威とを与えた。(黙示録13:1-2)

 ダウンポアーに出てくるニガヨモギも、黙示録の第三の災いに出てくるものであり、この名前がついた星が水源に落ちると水が苦くなり、多くの人が死ぬという。
 加えて、中ボスのスロース(怠惰)、グリード(貪欲)、ラスト(色欲)、グラットン(飽食)、エンヴィー(嫉妬)、ラース(憤怒)、プライド(傲慢)は、カトリックの「七つの大罪」から来ている。それぞれが、由来となる罪と関係する行動をしてくる(ちなみにウルトラ・プライドは作者のエドマンド・マクミランとフローリアン・ヒムスルをモデルにしている)。
 最後に、サタンは言うまでもなく聖書に登場する神への反逆者であり、堕天使である。ルシファーもまたサタンの別名とされる。特に福音派的なキリスト教ではサタンは人間を悪の道に誘惑する存在とみなされているが、本作でもアイザックを悪魔モードの道に引き込もうとしている様子がうかがえる。

アイテムについて

アイテム類は天使部屋で手に入るもののほとんどがキリスト教由来となっている。結構な誤訳もあるので正しいものを解説しよう。
カトリックの道具が多いが、儀礼が簡素なプロテスタントは特徴的なアイテムが少ないので必然的にそうなるのかもしれない。

名称 解説
聖書 The Bible 言うまでもなくキリスト教の聖書のことである。ママへの特効があるのも重要な意味を持っている。
ヨハネの黙示録 Book of Revelations 新約聖書の最後の書で、やがて訪れる世界の終末とその後の救済についてのビジョンを示している。
死海文書 Dead Sea Scrolls イスラエルの洞窟から発見された書物の断片で、非常に古いためものすごい秘密が記されているという扱いをよく受ける。実際の中身は当時の独自な版の聖書など。
ジェネシス Genesis 旧約聖書の最初の書である創世記のことで、世界の始まりをも指す。
ウェイファー The Wafer ミサの聖体拝領の際に授けられるキリストの体であるパンのことで、聖餅やホスチアと呼ばれる。
エウカリスト  Eucharist カトリックのミサで行われる聖餐のこと。その際に授けられるものが聖体(パン)とワインであり、グラフィックもそれを描いている。
ロザリー Rosary 普通ロザリオと呼ばれる。祈りの回数を数えるためのもので、その点では数珠と同じ。
悪い癖 Habit この意味のhabitは宗教者の衣装のことなので、「修道服」と訳すのが正しい。グラフィックにある頭の部分は単にベールと呼ばれる。
Mitre 司教の冠 見ての通り、カトリック司教の冠。ミトラあるいは司教冠と呼ばれる。
香炉 Censer カトリックや正教会で礼拝の際に使う道具で、紐で繋いで左右に振り、炊いたお香の香りを広げるのに用いる。
聖水 Holy Water カトリックでは聖水で手を清めるほか、灌水棒という道具で祝福のために聖水を振りまくこともある。
スカプラリオ Scapular カトリックで用いられる両肩からぶら下げる布のことで、より小型のアクセサリーもある。
モンストランス Monstrance カトリックの聖体讃美式で用いられる聖体顕示台のこと。
パスカル キャンドル Paschal Candle カトリックなどで使用される大きな装飾されたロウソク。復活祭で使用されるのでイースターキャンドルとも呼ばれる。
セイクリッド オーブ Sacred Orb 宝珠と呼ばれるもので、キリスト教と王権の象徴として用いられる。
遺物 The Relic イエスや使徒の体の一部や使った道具は大事にされ、聖遺物と呼ばれる。トリノの聖骸布などは特に有名。
聖杯 Holy Grail イエスの血を受けたとされる聖遺物で、大きな力を持っているとされるもの。
因縁のスピア Spear of Destiny おそらくイエスの脇腹を刺した槍である、「ロンギヌスの槍」を指していると思われる。
殉教者の血 Blood of the Martyr グラフィックの由来は、イエスの頭にかけられたとされる茨の冠。
聖痕 Stigmata イエスが磔刑になった際につけられた傷のことであり、信仰心の篤い人には同様の傷跡が現れると考えられている。
ヘイロー The Halo 絵画でイエスや聖人の背後に描かれる光背のこと。元来は円形だがよく蛍光灯のような輪として理解されている。
トリニティーシールド Trinity Shield 中央に神、周囲に父、子、聖霊を配置して三位一体の関係性を表すデザインのこと。
聖なる心臓 Sacred Heart イエスの心臓のことで、人類の罪を贖うことを象徴している。学校名の聖心もこれを指している。
純潔 Purity グラフィックは聖母マリアの純潔の象徴である白百合。こちらも学校名になっている。
神の首 Godhead 正しくは「神性」と訳すべきもので、三位一体などの神の本質を指す。
鳩の死体 Dead Dove 鳩はキリスト教のシンボリズムで聖霊を表すが、死んでいるのは別の由来かもしれない。
聖三祝文 Trisagion 正教会で用いられる祈祷文のこと。
リベレイション Revelation 神からの啓示のこと。
ベツレヘムの星 Star of Bethlehem ベツレヘムは救世主が生まれるという場所で、イエスはここで生まれたとされる。聖書には、星が東方から生まれたばかりのイエスの頭の上まで導いたという物語がある。
救済 Salvation アイテムのアイコンの魚マークはイクトゥスと呼ばれる、キリスト教のシンボル。
生命の息吹 Breath of Life 恐らく、神が人間の創造の際に息(ルアハ)を吹き込んだということを指していると思われる。
パーガトリー Purgatory 前回説明したように、魂を浄化するための世界である煉獄を指す。
ブリムストーン Brimstone 燃える硫黄を意味し、聖書において硫黄は地獄の様子を表すのにしばしば用いられる。
バースライト Birthright ヤコブとエサウの物語で、エサウが赤いシチューとの引き換えに手放した長子の権利のこと。
レッド シチュー  Red Stew エサウはこれを食べたいがために長子の権利を手放した。

 ここまで解説してきたように、本作はキリスト教の物語や道具をふんだんに盛り込んだものとなっている。背景となるキリスト教の要素を理解すれば、アイザックの世界をさらに楽しめるものとなるだろう。
 キリスト教は依然として西洋文化の根底にある共通知識となっているため、この際少しでも触れてみてはいかがだろうか。

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