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2018.09.02

ゲームの用語事典:「コントローラー」

 ゲームのいろいろな要素についてじっくり考えてみようというこのコーナー、今回はゲームをするには絶対必要な「コントローラー」に焦点を当ててみたいと思います。ここではコントローラーと言ってもゲーム機から独立したものだけではなく、DSのような携帯機のボタンなども含めた「操作系一般」を対象にしています。

 ガンコンや音ゲーコントローラー、Wii Fitのような特殊なコントローラーは別にまとめて扱う予定です。

 さて、以下ではまずコントローラーのボタンやレバーといった要素ごとに分けてその役割や発展を調べた後に、ゲーム史上の操作系の変遷について考えてみます。

各種操作系の役割と発展

ボタン

 あらゆる機械に欠かせないのがボタンであり、ゲーム機においても原初の時代から搭載されている。以後の操作系はこのボタンを派生させたものだとも言えるだろう。できることはオン・オフ信号を送ることで、信号は1回ごとに独立したものと、押しっぱなし(トグル)とがある。プレイヤーから見て反対側にあるボタンは押すよりも引く形になるので、トリガーと呼ばれたりもする。

 ボタンの発展形としては、ACの初代ストリートファイターやベラボーマンのような、押した強さを検知する機能付きのものがある。つまり1つのボタンから、複数種類の信号を送れるということである。この仕組は故障が多いとかであまり普及しなかったようだが、ゲームキューブのコントローラーのL・Rトリガーは「アナログトリガー」として、押した強弱を検知できる上、もう1段階「押し込む」という操作も可能になった。

 

レバー・十字キー

 ボタンと並んでゲーム黎明期から存在している操作系がこのレバーである。ボタンとの相違点は、上下左右のベクトル付き信号を送れることと、押しっぱなしがしやすいことである。そのため主にキャラクターの移動に用いられる。(が、もちろんパックランドのような例外もある)。十字キーはレバーの代用ないし発展形としておそらくファミコンを最初に導入されたもので、コントローラーを床に置かないでも操作しやすいというメリットがある。十字キーの導入により、手持ちで遊びやすいコントローラーが普及した。他方でアーケードなどはコントローラーは分離していないので基本的にレバー採用である。

 その後、レバーの側から発展形が生まれた。Nintendo64に導入された3Dスティックである。これはレバーの倒し具合によって同一方向に複数段階の信号を送れるもので、下記のマウスの機能により近づけたものといえる。これに対しSSはセガマルチコントローラー、PSはデュアルショックコントローラーで後を追い、以後アナログスティックと十字キーの同時搭載はゲーム機コントローラーのスタンダードとなった。

 レバーから十字キーになり、再度レバーが復活したコントローラーだが、携帯機にもアナログレバーを導入したいけど使えるスペースが限られているという難点を解決するために導入されたのがPSPのアナログパッドである。これは従来の高く飛び出ていたレバーとは違い、他のボタンと同程度の幅しか取らず、若干操作性は劣るが携帯する際にも邪魔にならなかった。3DSでもスライドパッドとして採用され、折り畳む機能と両立している。New3DSではCスティックという、一見してレバーに見えない新パーツも加わったが、対応ソフトがほとんどないので正直何に使うのかわからない。

 

マウス・トラックボール

 もっぱらパソコンで使用されるこれらだが、入力の特性としては360度の方向と速度を同時に伝達することができる。画面内の特定の場所に瞬時に移動するのに向いており、3Dゲームの視点変更にしばしば用いられる。これ一つで多くの操作をまかなえる重要な操作系だが、短所として平らな場所に置かないと使えないことや、手の多くの部分を占有してしまうことがあるため、手持ち型のコントローラーにはまず採用されない。

 この形式の端緒は、ほぼゲームの元祖と言える「ポン」にも使われていたツマミ型のパドルコントローラーだろう。これは2方向しか入力できず、速度も検知されないが、代わりにツマミの位置によって特定の場所へ瞬時に移動できる。これが使われている例がアルカノイドであって、FC版の専用コントローラーもこれである。

 

タッチパネル

 駅や銀行の機械に導入されていたタッチパネルは、精密な検知が可能となるほど発展した段階で、ゲーム機にも用いられることとなった。その始まりは1997年のgame.comという米国産の携帯機らしいが、普及したのはおなじみニンテンドーDSからである。その後PSP Vitaや3DS、Wii Uにも採用されたが、現在ではスマートフォンとタブレットの操作方法として幅広く用いられている。

 タッチパネルには明確な利点と欠点がある。利点の方は直感的な操作が可能、つまりわかりやすいということで、DSの学習系ゲームの隆盛に大いに貢献した。また画面の一点を瞬時に指定できるのでマウスの代わりの機能を果たすことができ、PC的なゲームや間違い探しなどには特に向いている。効果的な使用例としては「ナナシ ノ ゲエム」ではマウス代わりの視点移動用にタッチパネルを用いており、「すばらしきこのせかい」でDSはボタンとの同時使用により今までにない操作性を実現している。

 他方でタッチパネルには欠点も複数ある。最も重要なのが、直感的ゆえに精密な操作に向かないことである。携帯をスマートフォンに移行して文字の打ちづらさに戸惑った人も多いだろうが、まさにこのことだ。タッチパネルは任意の場所にボタンを設置できる代わりに、ボタンに物理的な境界がないので、手元を見ずに操作することは困難となる。スマホゲームでは仮想コントローラーを用意しているものもあるが、やはり実際のものに比べたら、細かい操作性は劣る。その分、押しすぎてボタンのバネが弱るようなことはなく、耐久性はおそらく仮想コントローラーの方が高いが。さらにタッチ操作の場合、画面を指で隠してしまうという難点もある。これを回避するには入力領域を分けるか、タッチペンを使うかだが、前者は画面が小さくなり、後者はボタン操作との両立が難しい。結局のところ、タッチ操作には向いているゲームとそうでないゲームがあるということである。

 

 ゲーム操作系の各要素についてはこんなところなので、次にハードごとの操作性について感想を述べてみよう。操作性というのは感覚的なものなので、あくまで印象ということになるが、コントローラーの発展について何かしら見えてくることはあるはずだ。

 

ハードごとの操作性の変遷

FC・PCE・メガドライブ

 それ以前のハードは触ったことがないのでこの時期から始めるが、この3つのハードのコントローラーには大差がないように思われる。どれも四角く、ボタン配置も似ているからだ。むしろこれらのハードは、多種多様な拡張コントローラーによって個性を見せている。触れるべきなのはファミコンの2コンはスタートとセレクトがなく、代わりにマイクがついていることくらいだろうか。このおかげで2人プレイ時に2プレイヤーにポーズの主導権がなかったりする。とはいえマイクが本当に必須になるのはたけしの挑戦状くらいなものである。

 

SFC・PS・SS

 SFCのコントローラーで起きた革新は、ボタンが色分けされたことである。何だそれくらい、と思うかもしれないが、色が違うおかげでボタンが増えても位置がわかりやすく、操作説明も理解しやすかった。何々ボタンと文字に書かずとも、赤い丸を表示すればAを押せばいいとわかるということである。また、色をボタンに対応させる謎解きのようなものもちらほらあった。

 SSはそうでもないが、PSのコントローラーからまた別の変化が起こり始める。持ち手が突き出してくるのである。これまでの平べったい長方形のコントローラーはメガドラ辺りから丸みを帯びてきていたが、PSに入るとさらに立体的になる。この流れはバーチャルボーイや64にも継承され、以後のコントローラーの定番の形状になる。やはりこの形が最も持ちやすいのだろう。

 

Nintendo64

 そしてコントローラーの発展を語る上で外せないのがこの64だ。立体的になっているだけではなく出っ張りが中央にもあり、持ち方が3通り(ライトポジション・レフトポジション・ファミコンポジション)もあるのである。そしてサイズも最大級にでかい。その割に持ちづらいことはなく、3Dスティックの導入も相まってFPS系ゲームの操作には最適だった。また耐久性も申し分ない。惜しむらくは、その豊富な操作タイプ(特に右手にスティックが来るレフトポジション)を活かすゲームがあまりなかったことである。つまり大半の人は右半分のみを持ってプレイしていた。

 

Wii

 その後ほとんどの据え置き機コントローラーはプレステ形状に収斂するので真新しいところはないが、その中でも一線を画したのがWiiである。ウリであるWiiリモコンは無線式で、モーションセンサーが内蔵されており、コントローラーで画面のポインタを動かすこともできる。おまけにヌンチャクというコントローラーの子分みたいなものを接続できる。

 Wiiリモコンはそれまでの特殊コントローラーに必要な機能を全部詰め込んだようなところがあり、銃にも剣にもラケットにもハンドルにもなる万能コントローラーだった。そのおかげでコストのかかる拡張装置を用意せずともさまざまな体感ゲームが作れるようになり、ソフトのバリエーションも増え、大ヒットを記録した。ただし欠点もないわけではない。旧来の操作系のゲームにはクラシックコントローラーで対応していたが、メニュー画面の操作にはWiiリモコンが必須であり、ワイヤレスということで必要なWiiリモコンの電池が妙に早く尽きた。とはいえ多少の欠点はあれど、非常に画期的な操作系だったことは間違いない。

 

Wii U

 マイナーかつ短命に終わったWii Uでも、操作上の革新は存在している。このハードはWiiリモコンによる操作をそのまま引き継いだ上で、ゲームパッドを新たに追加した。これはでかい3DSのような代物で、本体と無線で通信し、テレビと合わせて2画面を用いることが可能だった。またジャイロセンサーも内蔵されている。これにより可能になったのは、ゲームパッドをマップなどの補助画面にしたプレイや、ゲームパッドを左右に動かして、画面つきエイム装置として用いるプレイである。

 しかし、WiiUで何よりも革新的だったのは、ゲームパッドに携帯機に近い機能を持たせ、据え置きハードであるにもかかわらずテレビを不要にした点ではないかと思う。これは本体が処理を行い、画面をゲームパッドに転送するという形で実現したわけだが、バーチャルコンソールなどは明らかにゲームパッドの方がプレイしやすかった。実際この要素に任天堂も手応えを感じていたようで、後継機のSwitchでも同様のシステムを採用している。

 

携帯機

 携帯機の場合は、操作系は主にハードが縦型(GB・PCエンジンGT・GBASP)であるか横型(その他)であるかくらいしか大きな違いはない。ワンダースワンなどは十字キーを縦に2セット並べて、画面を縦にしても遊べるという斬新な仕様だったが、全体として横長画面の方が主流だから、あまり活用例はない。

 他方で、ボタンや本体形状による操作性はハードによって細かな違いがある。特徴的なのは、据え置き機のように一方向に進化するのではなく、進んだり戻ったり、良くなったり悪くなったりを繰り返している点だ。それは同一ハードのバージョン違いにおいて顕著である。たとえばゲームボーイアドバンス。初期のものは絶妙な丸みのあるデザインで持ちやすさを考慮してある上、耐久性能なども高いのだが、画面にバックライトがないという欠点があった。それが改善されたのがアドバンスSPやゲームボーイミクロだが、今度は形状が四角くなってしまった。ニンテンドーDSからDS Liteの流れも同様である。後者の方が小さくて画面も明るいわけだが、持ちやすさと操作していて疲れないかの点では、正直古いDSが上である。小型化し携帯性を高めていくと、どうしても他の要素が犠牲になるのだろう。その後の3DSやNew3DSでも持ちにくさは変わっていないので、左右にグリップを加えるオプションパーツを付けるのがおすすめだ。

 次にボタンと十字キーについては、独特なのはレバーになっているネオジオポケットである。やはりネオジオということで格ゲーが念頭に置かれているからだろうか。それ以外のハードは似たり寄ったりだが、やはり小型化すればするほどボタンと十字キーのサイズも切り詰められている。無印3DSなどは限界かというほどボタンが小さい。また、携帯機の場合はボタンの耐久性についても考慮すべきである。というのも据え置き機のコントローラーは一部を除いてダメになっても替えがきくが、携帯機の場合それはハードの寿命を意味するからだ。その点では、経験上ボタンのバネが弱りやすいのはPSPだった。アナログパッドにも動作認識の異常が発生したことがある。持ち運んだ結果さまざまな衝撃を受ける可能性がある分、携帯機の耐久性は無視できないものだろう。

 

操作系とゲーム性の関係

 ここまでいろいろなコントローラーの発展を見てきたが、その内容を踏まえると、操作系の違いが、ハードごとに得意なゲームとそうでないゲームを生んでいるということがわかってくるように思われる。セーブ方式と同様、操作系もゲーム性に影響するのである。わかりやすいのは、DSはタッチ操作ができるので万人向けの学習ゲームに向いているとか、Wiiは体感ゲームが多いという例だろう。

 その他に考えられるのは、「連打」という動作も結構コントローラーに左右されるのではないかということだ。連打が必要なゲームはファミコンとアーケードに多いが、携帯機では連打はやりづらいために、連打のいるゲームがあまりないのではないかと考えられる。というのも、連打はコントローラーを床に置いたほうがやりやすいし、携帯機で連打すると画面がぶれてしまうからだ。あとは、柔軟な視点変更が必要な一人称視点の3Dゲームにはマウスとキーボードの操作が最も向いているだろう。視点変更はスティックでも代用できるので、ちょうど3Dゲームが出だしたPS時代のコントローラーにスティックが普及したのはそのためではないだろうか。

 これらの関連性を考慮すると、「ゲーム機戦争」みたいなものに対しても、少々違った視点を持つことができる。たとえばPSと任天堂ハードのどちらが優れているか、といった問いに対しては、どちらも得意とするゲームが異なるので、お互いそれぞれの良さがある、と答えることができる。すべてPCゲームに移行していいのかということや、携帯機は今後も必要なのかという問いも同様だ。ハードごとに得意なゲームとそうでないゲームがあるので、ゲームを最大限楽しみたいならば、どの形態もあったほうがいい。どれかをないがしろにすることは、何らかのジャンルの衰退につながり、それは誰にとってもいいことではないだろう。何より大事なのは多様性である。


 以上、今回はゲーム機の操作系の種類と発展の歴史、および操作系が違うことでゲーム内容にはどのような影響を及ぼすのかということを考えてみた。これらを考慮すれば、現在のコントローラーはなぜあの形状をしているのかや、スライドパッドはなぜ平べったいのかということの理由がわかるだろう。すべては、操作しやすさの向上を目指した発展の結果なのである。それぞれのゲーム機の強みを理解することはゲームを作る側にとっては必須だが、ユーザー側にとってもコントローラーとはゲームとプレイヤーをつなぐ媒介の役割を果たしてくれるものであり、それ次第でゲーム体験そのものが大きく変化しているといえるだろう。


2018.08.20

ゲームの用語事典:「ダウンロード版ソフト」

 今回は、ダウンロード版ソフトについて詳しく扱っていきたいと思います。家庭用ゲームのダウンロードによる購入は近年では当たり前になりましたが、実はこの方式には結構昔から存在していました。その歴史を追っていくと、ダウンロード販売の特徴やメリット・デメリットが見えてきます。そのことを踏まえると、パッケージ版とダウンロード版どちらを選べばいいの?という疑問にも、それなりの答えが与えられるはずです。では最初に、ダウンロード販売の歴史をおさらいしてみましょう。


意外と長いダウンロード販売の歴史

 ダウンロードによるゲームソフトの入手というのは、家庭用ゲーム機に限定して考えても意外と長い歴史がある。ゲーム機にインターネット機能が搭載される前はなかったんじゃないの、と思う人もいるかもしれないがそうではない。ネットを介さないダウンロード方法があったのだ。

 

ディスクシステム

 その最初がファミコンディスクシステムである。これは従来のロムカセットとは違い、リライト可能なディスクメディアを使用していたため、記録されるデータを書き換えることが可能だった。そのため任天堂もこの機能をうまく利用し、データだけを販売してゲームの内容をまるごと書き換えることを思いついた。ダウンロード販売の始まりである。ゲーム屋にはそのための「ディスクライター」が設置され、500円という非常に低価格で新しいゲームが入手可能となった。

 しかし結局ディスクシステムはそれほど普及せず、ファミコンより早く消えていった。その理由は読み込みが遅いとか、ファミコンでもセーブができるようになったとか、本体の耐久性だとか言われているが、これらの要素を書き換えというメリットが上回ることができなかったのだろう。筆者はこの時代は体験していないので確かなことはわからないが(メトロイドのパッケージに入ったディスクを入手してやったーと思って起動したら、スマッシュピンポンが入っていてショックだったことは覚えている)。

 

ゲーム図書館・セガチャンネル

 続いて斬新な試みをやってくれたのがセガである。メガドライブとPCエンジン、SFCがしのぎを削っていた1990年に、メガドライブ用の「メガモデム」を用いた「ゲーム図書館」のサービスを開始した。これは電話回線を介してゲームをダウンロードするもので、いくつかのオリジナルゲームを遊ぶことができた。このゲーム図書館が、おそらく初の「ゲーム配信サービス」だろう。利用には月額料金と通信料がかかり、なおかつ受信したゲームは保存することができない「貸し出し」のみだった。配信されたソフトはメガCDの「ゲームのかんづめ」に収録されている。

 さらに1994年からは、同じくメガドライブで旧作配信サービスの「セガチャンネル」も始まった。レシーバーつきのカートリッジをレンタルして、ケーブルテレビ回線に接続してソフトを受信する仕組みだ。配信ソフトはメガドライブのヒットゲーム数十本の中から選ぶことができ、月額利用料は3000円。同じくソフトは遊ぶたびに受信し直さなければならない方式。

 この2つのサービスは、知名度は高くないとはいえ、現在行われているダウンロード配信の先駆けとなった存在である。この時点でネックとなっていたことは明らかに、回線通信料が定額制ではないことと、受信ソフトを保存する記録媒体がないことであった。そうした難点にもかかわらず、新作・旧作双方の配信を可能にするサービスを実現していたことは記憶すべきことだろう。

 

サテラビュー

 SFC時代の任天堂の次なる一手は、衛星放送局に出資しての衛星によるゲーム配信という大胆なアイデアである。サテラビューについては「サテラビュー研究所」で詳しく調査したので簡潔に触れるのみにするが、形態としては機器と記録媒体さえ用意すれば、月額費用さえいらずにゲームを無料で好きなだけダウンロードできるという類を見ない試みだった。配信されたソフトは新作の体験版、旧作の配信版、オリジナルゲームの3種類。それに加え音声放送それと連動したゲームも楽しめるのである。

 サテラビューによるゲームデータダウンロードは8Mメモリパックという機器に行われる。これはあくまでデータ一時保存用と思われていたらしく、個別の販売開始はハード発売のしばらく後になる。容量の8Mビットは後述するSFメモリカセットの4分の1なので限られたゲームしか入らず、価格も5000円と高価。おまけにラジカル・ドリーマーズなどの大作は8Mすべてを使用していた。それでも、ニンテンドウパワーに比べればダウンロード代がかからないので一概に損とは言えないかもしれない。

 サテラビューによるスーパーファミコン放送は1995年から6年間続いた。当時利用していないため実際の様子はわからないが、衛星放送によって家にいながら、インターネットもなしでゲームを入手できるというのは非常に斬新かつ先進的なサービスだったといえるだろう。

 

ニンテンドウパワーSFC

 その後も任天堂はダウンロード販売を諦めず、1997年にはSFCソフトに対応した書き換えサービス「ニンテンドウパワー」を開始した。これは「SFメモリカセット」と呼ばれる空のカセットを購入し、ローソンで書き換えを行うというものだ。価格は旧作が1000円とこれまたお買い得だったために、筆者も喜び勇んで書き換えにチャレンジした。その際の手順は、書き換えマシンでデータを書き込み、その後画面付きのSFCのようなもので内容を確認するという2段階。結構時間がかかり、すべてのローソン店員に手順を教えなければいけないのはコストがかかったのではないだろうか。

 しかしいろいろやってみた結果、金銭的にはあまりお得ではないことがわかってきた。問題はSFメモリカセットの容量にある。データ領域は8ブロック存在するが、書き換えソフトは平均して4ブロック程度で、あまり入らないのだ。SFメモリカセットの4000円を合わせると、5000円でゲームが2本ということになる。いくら新作定価が1万円を超えるものもあったSFC時代とはいえお得とはいえない。いや、実はそれどころではない。ゲームが2本以上入っている場合、メニュー画面で1ブロック使うので実質7ブロックの容量しかないのだ。

 筆者は必死で容量をやりくりしてゲームを詰め込んだが、たっぷりプレイしたのに泣く泣く消さざるを得ないゲームもあった。中古屋に売る感覚で次々とゲームをとっかえひっかえする人なら気にならないかもしれないが、同じゲームを何度もプレイしたい人にはこれは厳しい。ダウンロード版の「遊んだゲームの消滅」の問題は現在まで続くことになる。

 

ニンテンドウパワーGB

 ポケモンのヒットによりGBがハードとして復活すると、2000年から同様のシステムでGBの書き換えも行われるようになった。こちらはGBメモリカートリッジが2500円、旧作が800円と若干低価格だが、元々のソフト定価もスーファミの半額以下である。そして容量もだいぶ厳しく、初期のソフト以外は4か8ブロックだったりした。骨太RPGのラストバイブルなどは92年発売にもかかわらず8ブロックだ。

 

 この2つのニンテンドウパワーは、結果的にはあまり普及しなかった。しかし商業的な成功はともかく、ダメなシステムだったかというと必ずしもそうとは言えない。SFCにもGBにも書き換えにはかなり多くのゲームメーカーが参入し、(サテラビューソフトからの流用もあるが)任天堂はFEトラキア776やスーパーファミコンウォーズなど魅力的な新作を投入していた。つまりソフトラインナップとしては十分利用したくなるほど充実していた。この点はむしろ近年のバーチャルコンソール以上である。

 この、「ダウンロード版のみの新作を販売していた」というのは案外重要なことである。というのも、その後始まったバーチャルコンソールやゲームアーカイブスなどのサービスは旧作の再販が目的であり、オリジナル新作が提供されるようになったのはさらに後(おそらく2008年のWiiウェアから)になるからだ。そしてなおもって重要なことに、ダウンロードという販売形態が最も輝くのもこのオリジナル新作の市場においてなのである。この点については後述する。

 ニンテンドウパワーの良くなかった点は仕組みではなく、時期と知名度である。なにせSFCの書き換え開始の1997年9月というのは、FF7よりも後なのだ。Nintendo64も前年に発売されており、SFCの新作はほぼ終了と、トレンドを追っている人には見向きもされなかっただろう。GBの方もハード市場は活性化していたとはいえ、むしろ新作が多かったおかげでなおさら存在感がなかった。また知名度に関しても、これはダウンロード版の常であるが、店頭にソフトが置いていないことのマイナスは非常に大きい。入手場所がローソンなのもこれに拍車をかけ、前もって知っている人しか利用できなかったに等しい。

 知名度が低かったとはいえ、もしメモリカセットの容量が倍だったらニンテンドウパワーは手放して称賛できたサービスだっただろう。しかしおそらく技術的に可能でも、その場合カセットの価格は上がるかもしれない。記録媒体のコストというのも、ダウンロード版につきものの問題である。

 

64DDとモバイルアダプタGB

 任天堂の挑戦はまだまだ終わらない。その次にチャレンジしたのはどちらも短命に終わった64DDとモバイルアダプタGBによるサービスである。前者は専用ネット回線、後者は携帯電話との接続によりデータを受信するものであったが、どちらも新規ソフトのダウンロードではなく、追加データの配信のみなため今回の趣旨からは外れる(64DDは実際にデータ配信していたかどうかも不明)。

 2つのうち64DDはネットでの交流がメインだったとはいえ、どちらも対応ソフトが非常に少なく、知名度も低かった。このことがすべてを物語っているだろう。

 

インターネットによるダウンロード販売の開始

 ゲーム機のインターネット接続はドリームキャストが最初に導入し、PS2、ゲームキューブと続いた。その中でも真っ先にゲーム配信に手を付けたのはドリームキャストであり、Webブラウザ「ドリームパスポート」を用いた「ドリームライブラリ」が早くも2000年に開始された。このサービスはこれまでの月額制ではなく、ソフトごとに購入が可能な点でも斬新だった。配信ソフトはメガドライブとPCエンジンの旧作で、ゲーム図書館のオリジナルゲームも再度収録された。しかし依然として記録媒体は存在しないためゲームはその都度ダウンロードが必要で、かつ利用期限のある貸し出し方式であるなど、過渡期のサービスだったといえる。それでも家庭用ゲームのダウンロード購入という試みの第一号となったのがこのドリームライブラリである。

 しばらく時間が経ちブロードバンド回線が普及すると、ダウンロード販売は2006年にWiiのバーチャルコンソールとPS3のゲームアーカイブスでもほぼ同時に開始された。その後対応ハードはDSi、PSP、3DSと増えていく。これらは有線または無線LANによるインターネットを介してゲームをダウンロードするもので、もちろん費用はソフト代の他にはインターネット設置代のみ。これが現在も存在する形での家庭用ゲームのダウンロード販売である。なお、家庭用ゲームソフトをPCでプレイする形式はプロジェクトEGGがだいぶ早く行っているが、こちらは月額制のサービスとなっている。

 

ダウンロード版はお得か?

 やたらと長くなってしまったが、ゲームソフトのダウンロード販売の歴史はこんなところだろう。次にダウンロード版とパッケージ版ソフトの違いを挙げてみよう。これまで見てきた内容から多くがわかるはずである。

パッケージ版と比べた時の、ダウンロード版のメリットは、

  • 店舗に足を運ぶ必要がない*
  • ソフトが早く手に入る*
  • 低価格*
  • 保存やソフト入れ替えが容易
  • ロード速度の速さ*

が挙げられる。次にダウンロード版のデメリットつまりパッケージ版が得をすることは、

  • 箱・説明書がない*
  • 記録媒体にコストがかかる
  • 中古で売れない
  • 貸し借りができない

というところである。それぞれの意味するところは容易に理解できるだろうが、いくつかは留保が必要である。*印のついたものだ。まず、「店舗に足を運ぶ必要がない」というのはとりわけ地方の住人には便利だが、現在ではAmazonが発売日にゲームを届けてくれたりする。同じように「ソフトが早く手に入る」も必ずしもそうではなく、数ギガのゲームデータをダウンロードしインストールするまでの間には確実に待ち時間が存在する。また「低価格」は、確かにソフト自体は安いが、そのソフトは容量を食う。「ロード速度の速さ」は元が遅いメディアのPSやPSPソフトでは快適だが、3DSなどでは差はない。デメリットの方も、「箱・説明書がない」に関しては、ダウンロード販売推進のためか近年のゲームは紙の説明書をほぼ廃止している。

 こうして見てみると、メリットは1つか2つしか残らない。他方でデメリットは3つある。中古と貸し借りについては困るかはユーザーによってさまざまにしても、記録媒体のコストは看過できない。この点について詳しく論じてみよう。

 

記録媒体のコスト

 現在ではダウンロードしたゲームは、主に据え置き機ではハードディスクに、携帯機ではSDカードなどの外部メディアに記録する。ハードディスクは容量は多いが、現在ではゲームが入っているディスクメディアも大容量になっているので、余裕たっぷりとはいかず、いずれ満杯になる。容量の少ない外部メディアならなおさらである。「ダウンロード版の価格+使用するメディアの価格×専有する容量の割合」を計算してみれば実質的なコストが出せるが、新作ではしばしばダウンロード版の方が高コストである。あろうことか両者の価格が同じソフトもあり、その場合店舗での割引も含めて、どう逆立ちしてもパッケージ版には勝てない。

 また、入れ替えの手間がないとか、無くさないというメリットが活かされるかどうかも入っているソフトの容量次第である。というのもSFCソフトを大量に入れている場合はまさに入れ替えの手間なく便利だが、SDカードに新作が2本、という場合はそれ以外を遊ぶ時に入れ替えなければならないからだ。そしてSDカードは通常ソフトよりも無くしやすい。

 ここで、パッケージ版ソフトの隠れた利点に気づくかもしれない。それは、「記録媒体がついてくる」ということである。よく考えてみよう。ディスク系メディアなら安そうだが、3DSではSDカードのようなものが買えば買うだけついてくるのである。つまり、今まで見方が間違っていたのだ。パッケージ版というのは単にパッケージつきなのではなく、「専用記録メディアつきソフト」なのである。

 

ダウンロード購入の隠れたメリット

 さて、このように言ってしまうとダウンロード版は無駄だとか、損ばかりじゃないかと思うかもしれない。だが決してそうではない。そもそもさっきからお金の話しかしていないのが問題なのだが、パッケージ版にもあったように、ダウンロードソフトにも隠れたメリットがある。それは「メーカー側の負担が少ない」ということである。

 いやいやそれはメーカーが儲かるだけであってユーザーはいいことないだろうって?そんなことはない。メーカー側の負担が少ないということは、ゲームを低コストで作りやすいということであり、全体のコストが下がれば時間をかけて内容を充実させる余裕も生まれるし、売れないからといって却下されるソフトも減る。つまり販売されるゲームの量と質および多様性に影響するわけだ。

 実際にそういった制作コストの差が顕著に出たのがNintendo64対PSの図式である。64のロムカセットとPSのディスクメディアは1本あたりの製造コストが大きく違うわけだが、その結果64は少数精鋭を強いられ、PSは「はらペコクマの開運カバラ占い」などというソフトも生まれたわけだ。つまるところ、ダウンロード版はユーザーが少しコストを払う分、メーカーとユーザーの両方にプラスに働くのではないだろうか。

 こうした状況は過去の例に限らない。この制作コストの低さが働いた結果、パッケージ版のないダウンロードのみの新作ソフトの市場は現在実に多様であり、ユーザー側も満足できる状況となっている。このようなダウンロード専用ソフト界隈はますます賑わっていくだろう。

 そして、コストの問題に限っても打開策はある。それはゲームの容量が記録媒体のコストを無視できるほどに小さくなればいい。その典型例がバーチャルコンソールなど過去のソフトの配信版であり、ここでは昔の開発者が必死になって容量を削減したおかげで、現在のユーザーはその恩恵を受けているといえる(他方で大容量のPS系ソフトはその点不利だが、代わりにロード速度の有利がある)。また、ムーアの法則が言っているように記憶媒体の容量あたりの費用も年々低下するので、発売時期が古いものほどこの点は気にならなくなる。ダウンロード待ち時間の問題も容量が小さいものなら一瞬で済む。結局、昔のゲームこそダウンロードして遊ぶのに最適ということである。

 

小売店は不要?

 ゲーム業界に関しては、もう一つ論じるべきことがある。それはメーカーとユーザーの間に立つ、小売店の存在だ。パッケージ版ソフトであれば何らかの小売店を通すことはほぼ必須だったわけだが、ダウンロード販売であればその中間をすっ飛ばすことが可能となる。そうなると小売店の存続が危ぶまれることになる。これがいいことかどうかは、ユーザーの側から見ると判断が難しい。小売店は間に立つことによって確かに利益を得ているが、その分店舗にゲームを並べることで宣伝に貢献していると考えられるからだ。

 小売店がないとどうなるか。それはパッケージ版の存在しないスマホゲームの界隈を考えてみればわかる。売られているものの一覧を見ることができないので、ゲームを認知してもらうには広告に費用をかけるか、ランキングの上位にのし上がるかしかない。それを除けば基本的に口コミである。そのせいでゲームの質が落ちるわけではないが、小規模ながらいい作品というのにはなかなか光が当たることはないだろう。

 もちろんこの状況は、紙の書籍対電子書籍や、CD対楽曲ダウンロードと同じ構図であって、どちらも後者への移行が進んでいることを考えると、不可逆的な流れなのかもしれない。あるいはアマゾンがレコメンド機能を考えたように、一覧ができない状態で欲しいものにたどり着く方法もありうるだろうし、当サイトでやっているような、おすすめソフト紹介がより一層頑張ればいいのかもしれない。新作はパッケージで、旧作や小規模作品はダウンロードでという住み分けができれば理想的だが、すでにほぼダウンロード販売のみとなったスマホ・PCゲームに取り巻かれている以上、家庭用ゲーム業界も変化を迫られていることは疑いない。

 

まとめ

 では、今回わかったことをまとめてみよう。

  1. ゲームのダウンロード販売は任天堂が何度も試みてきたが、サービスとして安定したのはインターネット普及以後。
  2. ダウンロード版を選ぶメリットはソフト入れ替えの簡単さや、ロード時間の短縮が主。
  3. ダウンロード版のデメリットはゲームが手放せないこと。
  4. パッケージ版より経済的に得かどうかは、基本的にソフトの容量が小さくなればなるほどお得になる。
  5. ダウンロード販売の制作コストの低さは、メーカーとユーザー双方にメリットがある。
  6. 過去のソフトの再販はダウンロード購入に最も向いている。
  7. ダウンロード販売は小売店にはダメージがある。

ということだ。そして最終的に言いたいことは一つ。任天堂さんもうちょっとバーチャルコンソールを充実させてください。


2018.08.12

ゲームの用語事典:「セーブポイント」

 新たに始まったこのコーナー。ここでは、さまざまなゲームに共通する要素に着目し、多くのゲームの例を見ながらその要素のゲームにおける役割や働きを明かそうという、ゲームデザイン論のようなものが展開できればいいなと思っています。

 記念すべき第一回の主題は「セーブポイント」。ゲームには欠かせない要素であるセーブポイントは、実は単にシステム上の必要から存在しているわけではなく、その背景には開発者の意図があり、ゲーム内容とも深く関わっています。果たしてセーブポイントとゲーム性との関係は何なのか、それは以下を読んでのお楽しみということで、それでははじまりはじまりー。


コンシューマゲームではFCのディスクシステムで導入されて以来ゲーム、特にRPGでは欠かせないセーブ機能。しかし疑問に思ったことはないだろうか。なぜドラクエは教会でセーブし、FFはフィールドならどこでもセーブでき、ロマサガはフィールドに限らず移動中はあらゆるタイミングでセーブできるのか。この違いはたまたまなのか、それとも意図があってのものなのか。筆者の意見はもちろん後者である。ゲームの要素にゲーム性に関係ないものはないからだ。以下ではそうしたセーブ方式の違いとゲーム性との関係について論じてみよう。

セーブ方式の類型

セーブ方式が違うと、ゲーム性にどんな影響が出るのか。そのことを考える前に、まずは現在見られるセーブ方式を分類してみよう。

拠点型

ドラクエ式と言えば手っ取り早いが、もっともメジャーなセーブ方式の一つがこれだろう。つまり街などの安全な場所の、特定のポイントでのみセーブできるという形態がこれだ。教会=セーブというよくわからない刷り込みを植え付けた原因でもある(そもそもドラクエ2で教会はお告げという形でパスワードを教える役割だったのが、その後セーブの導入に伴い教会がそのまま役割を引き継いでしまったのが原因なのだが)。

この方式のポイントは「拠点」というところで、街に限らず決められた場所ならどこでもセーブができる形式とはまた違う。具体的には聖剣伝説2と3の違いである。拠点のどこでセーブできるかは、やはり教会では不自然だし、世界観に合わないケースもあるからか、宿屋というパターンもかなり多いように思われる。エストポリス伝記などは教会セーブの伝統を忠実に守っているが。

 

フィールド型

これは見ての通り、フィールドならどこでもセーブできるというタイプだ。3までのFFなどが該当するが、実はそれほど該当するゲームは多くはない。というのも以下のセーブポイントの誕生により、フィールドだけでセーブできるという方式はだいぶ減っているからだ。また、アクションRPGのようにフィールドとダンジョンの区別がないものはどうするのかなどの疑問もあるし、拠点でもボス前でもないという中途半端さがゲーム性的にもメリットが少ない。この点は後述する。いずれにせよ、過渡期のセーブシステムといえる。

 

セーブポイント型

この分類には、拠点に限らず特定のポイントでセーブ可能なゲームが含まれている。フィールド+セーブポイントというFFの基本形式もこちら。そしてここに来て、ついに「セーブポイント」が誕生することになる。FFなら4からだ。このことはゲームに大きな変化をもたらすことになる。下で詳しく述べよう。

セーブポイントの形態もいろいろあるが、FFによくある「特別そうな場所」と聖剣3やルドラの「特別そうなオブジェ」が2強であるように思われる。いずれにせよ、何でセーブできるのかという説得力は、宿屋で日記帳に書くパターンよりは弱いが。

 

どこでも型

読んで字のごとく、どこでもセーブできるタイプである。サガシリーズやポケモンなどが代表だろう。これも採用例はかなり多いが、この形式がゲームとして最善であるかというとそうでもない。むしろサガとポケモンがそうであるように、ゲーム機の性質から求められている節がある。つまり携帯機であるゲームボーイでは、どこでも遊べる代わりにどこでも中断できないといけないということである。逆に言えば、携帯機にもかかわらず、中断セーブなどを設けてどこでもセーブを導入していないものは、そうしない理由があるということである。

 

オートセーブ型

このタイプは、個々の行動や戦闘終了ごとにセーブされるというものだ。導入はウィザードリィがかなり早いのではないかと思われるが、印象的なのは不思議のダンジョンシリーズだろう。また現在のゲーム、特にスマホゲームはほぼこれだが、そこには理由がある。

この形式のポイントは、オートセーブというのはセーブ機能の一部の恩恵を受けられないという意味で実質ノーセーブだということである。ファイアーエムブレムを考えてみればわかるが、もし1手ごとにデータが上書きされるのであれば、それはノーリセットプレイと呼ばれるものになる。つまりやり直しを許さないのであり、このことがゲーム性に大きく影響を及ぼす。

 

セーブポイントの機能:「やり直し」を可能にする

さて、こうしてセーブ方式を分類するだけでも、結構セーブポイントの機能というものが見えてきたのではないだろうか。セーブポイントの機能とは、「やり直しを推奨する」ことである。ボス戦前にセーブポイントを置くことで、たとえボスに負けてもやり直しが可能となる。その結果どうなるかというと、ボスを強くできるのである。つまり、トリッキーな行動で弱点を見破らないと倒せないとか、特定の対策を取らないとあっという間に全滅するとかそういうボスを出せるのだ。もしセーブポイントがなく、ダンジョンの奥にそんなボスがいたとすると、運が悪いとあっさりやられてしまって最初からとなる。プレイヤーからは、そんな「初見殺し」を置くなんてずるいという非難の声が上がるだろう。

ボスを強くしたいけど負けて街に戻るのはだるすぎる、そんなジレンマを解消するために発明されたのがセーブポイントであったと推測できる。その証拠に、セーブポイント初導入のFF4では、上述のようなトリッキーなボスが非常に多くなっている。つまりセーブポイントがゲーム性を変えたのである。そしてこの点こそが、FFがドラクエとの差別化に成功した一要素であるように思われる。その結果、セーブポイント=その先にボスというまた別の刷り込みが生まれてしまうことにも繋がるのだが。

そしてこのやり直しの機能は、どこでもセーブのゲームではさらに顕著になる。セーブを頻繁にできればできるほど、不慮の事故からのリカバリーがきくので、戦闘が多少理不尽になっても問題ないのだ。ここで思い当たるのはロマサガやサガフロだろう。つまり雑魚戦でもいつ全滅するかわからないゲームでは、どこでもセーブは最良ということになる。オールドキャッスルをセーブなしで踏破するなんて嫌だよそりゃ。

 

セーブポイントのデメリット:やり直しの弊害

そういうことであれば、何が何でもセーブポイントがあったほうがいいのだろうか。あるいはその後もボス前セーブを導入しないドラクエは時代遅れのシステムに固執していたのだろうか。決してそんなことはない。セーブができたらできたで、そのことによるデメリットも発生する。それは同じく「やり直し」の機能に由来するもので、つまりは簡単にやり直せてしまうということだ。簡単にやり直せるということは、緊張感がないということに繋がる。そうなると、ダンジョンの奥でそろそろやばくなってきたけど引き返したほうがいいのかなとか、果たしてこのボスに勝てるだろうかとかの判断をする必要もなく、ダンジョン探検のドキドキ感もないわけだ。おそらくドラクエはこのことを嫌って、セーブポイントを導入しなかった。これにいくつかの要素(MP回復アイテムがほとんどないなど)が加わり、ドラクエのダンジョン探検は残りリソースとの戦いになっており、ボス戦もいかに万全の状態でたどり着くか、こちらが力尽きる前に勝てるかという総力戦の様相を呈している。

この点でも、より突き詰めたセーブ方式が存在する。まるっきり自発的にセーブできないオートセーブのゲームがそれだ。不思議のダンジョンがそうだが、まさにリソース勝負であり、自由にセーブできていたら倒れてアイテムを失うということの緊張感もまったくなくなる。すなわち、オートセーブのゲームに関しては自由なやり直しができない反面、緊張感やうまくいった時の達成感については飛び抜けているということである。

 

セーブポイントと確率要素

このように、セーブポイントのあり様はゲーム性と密接に関わっており、多くのゲームではそのデザインに合わせて適切なセーブ方式を選択していることがわかっただろうか。この他にも、セーブと関係するゲーム内要素は存在する。それは確率に関わるものだ。特にその確率が非常に低い場合に、影響は顕著となる。

考えてみよう。普通のRPGの中に低確率で有用なアイテムが手に入る「ガチャ」のようなものがあったとして、それを引く直前にセーブできたらどうなるか。誰だっていいものが当たるまでリセットするだろう。たとえばヘラクレスの栄光IVで錆びたアイテムを磨くと最強武器が出てくるシステムがまさにそうなっている。その作業は悪いものではないが、無駄な手間を強いているという点で褒められたものでもない。そういった理由で、ガチャのあるゲームは頻繁にセーブできるようにすべきではないし、逆に頻繁にセーブできるゲームにそういった要素を入れるべきではない。他者との競争の要素があるネットゲームやソーシャルゲームはなおさらで、オートセーブ導入によってこれを防ぐことになる。

おそらくドラクエにカジノがあり、FFにはあまりない理由もそれである。セーブポイントが遠いから、リセットして何度もやり直したくなる気持ちが抑えられているということだ。いずれにせよ低確率のボーナス要素とセーブポイントは相性が悪いといえるだろう。

とはいえいくらセーブ頻度を減らしても、プレイヤーのほうはレアなものに対しては手に入ったらラッキーではなく、何度も挑戦したくなるものであるが。メタルマックスなんかがそれだ。

 

セーブ頻度とゲーム性の関係

ここまで見ていくと、結局ゲーム性と関わるのは、どこでセーブできるかというより、セーブポイントがどのくらい遠いか、どのくらいの頻度でセーブ可能かという「セーブ頻度」がもっとも重要な要素であることがわかるだろう。先ほどの類型で言うと、

 

オートセーブ→拠点型→フィールド型→セーブポイント型→どこでも型

 

の順でセーブ頻度が上がり、それに伴いゲーム内の他の要素も影響を受けるということになる。ゲームを作る側としては、実装したい要素に合わせて、どのセーブ方式を取るかを選択することになるだろう。ただし携帯機では頻繁なセーブが必要とか、セーブ先が外部記録メディアの場合はオートセーブが難しいなどのハードの性質によってセーブ方式の選択肢が限られる場合もある。それはつまり、ハードが何かということも、意外と​ゲーム内容に影響しているということである。

 

まとめ

以上、今回はセーブポイントとゲームデザインの関係についていろいろと考えてみたが、ここまでの内容をまとめてみよう。

 

  1. ゲーム内のセーブの方式はいくつかの類型に分けることができる。
  2. それらは主に、どのくらい頻繁にセーブできるかの違いである。
  3. セーブの機能は、それ以後に起こることをやり直せるということにある。
  4. やり直しが頻繁に可能なRPGでは、ボスを強くできる代わりに、リソース温存の要素や突破した時の達成感は劣る。
  5. やり直しがあまりできないRPGでは、奇抜なボスが出せない代わりに、リソース温存の要素や緊張感が生まれる。
  6. 頻繁なセーブと低確率で手に入るボーナス要素は相性が悪い。
  7. セーブ方式はゲーム内容に合わせて最適なものを選択すべきだが、ハードによる制約もある。
  8. なのでハードがゲーム内容に影響する側面もある。
  9. つまるところ、セーブポイントの存在はゲーム性を大きく左右している。

 

という感じである。普段何気なく利用するセーブポイントの裏に制作者の意図があり、セーブ方式がゲームデザインに影響するということがおわかりいただけただろうか。このようなゲーム制作上の工夫を読み取ることで、作る側にも遊ぶ側にも新発見があるかもしれないので、このような「テーマ論」もどんどん進めていきたい。


2018.08.09

特許発見によるルドラ研究の進歩の経緯

今年に入って、ルドラの秘宝の言霊システムに関する特許が発見され、それによって言霊システムの解明が大いに進みました。

ルドラ界隈というのが非常に狭いにせよ、これは結構大きな出来事だと思うので、こんなこともあるんだという例として、一連の流れを記録しておきたいと思います。

同様の特許からのゲーム内容の解明という形での研究が今後も行えるかもしれませんし。

特許の発見

2018年5月、Subeaki氏によって、公開されている特許の中に、ルドラの言霊システムを扱ったものがあるという情報がもたらされた。具体的には「特開平09-234286」と「特許3158043」である。

これをツイッターで紹介したところ、結構な反響があったので、わりとインパクトのある出来事だったように思われる。

しかも単にうわぁびっくりでおしまいではない。その内容がすごいのである。端的に言えば、ゲーム内では隠されている言霊システムの設計図が残されていたのだ。この「ゲーム内では隠されている」というのがポイントで、他の特許、たとえばFFのATBに関するものなどは特に秘密の内容はなく、せいぜいどの順で処理をするかなどがわかる程度だが、言霊システムに限ってはそうではない。とにかく公式から一切の情報開示がなかったために、プレイヤーが必死でその内容を推定しなければならなかったものなのだ。

そうした言霊システムの解明の歴史については以下のページに記述している。

ルドラの隠し要素はどのようにして明らかになったのか。

ルドラの秘宝の言霊システムや隠し要素がプレイヤーによってどのように明らかにされていったのか、その過程を調査しています。

特許を一見してすぐにわかったのは、それがこれまでの言霊研究と一致していたことだ。つまりそうした研究は正しかったということになる。これはほとんど信じられないことだ。たとえば言霊威力などはどこにも書いておらず、回復言霊に変換してやさしさを引いて調べるという、かなりアクロバティックな方法で今までは算出していたのだが、それが寸分違わず内部データと一致していることがわかった。これはひとえに上のページで触れた言霊研究の先駆者がいかにすごかったかということである。

だが、特許がこれまでの知識と完全に一致なら特に新しいことはない。それでもよく読んでいると、今まで触れられていなかったパラメータや、既存の理解と食い違う箇所があることがわかってきた。この文書から何かしら新発見が出てきそうなのである。

特許制度について調べる

そこでなんとしてもこの特許の内容を言霊システム研究に反映したいと思ったが、見てみればわかるように特許文書というのは独特の書き方でやたらと難解である。おまけに2種類あって違いがよくわからない。

この辺を理解せずに進めるとひどい誤解が生まれそうだったので、とりあえず最初に特許制度について調べてみた。

ゲームの特許に関する覚え書き|ゲーム業界について|ゲーム情報専門・火の鳥ブログ|God Bird

ゲーム情報専門・火の鳥ブログ|たまたま必要があったので、ゲームに関わってくる「特許」とはどういうものなのか、その仕組みや取得過程を調べました。

最近はゲームの特許が話題になることもあるので、この内容は他のゲーム特許探しにも応用できるんじゃないかと思う。

特許の解読

というわけで公開公報だの明細書だの請求項だのの意味もわかったので、満を持して特許の解読に挑んでみた。その結果が以下である。

ルドラの言霊システムに関する特許の内容解説。言霊の仕組みがわかります。

ルドラの秘宝の言霊システムの設計図である、言霊システム特許の内容をわかりやすく解説しています。上級者向け。

これは個々の項目のパラフレーズという形になっており、それに加え既存の知識と比較した注をつけることで、どこが重要な情報なのかわかるようになっている。結果、多くの箇所で新しい事実が見つかった。特に修飾語処理の「第一の方法」「第二の方法」というのはまったく思いつかなかったもので、これまで謎だった挙動の仕組みがこれによって理解できた。

命中率の調査

新発見事実の中でも、特に大きなものが言霊の命中率に関して触れられていることだった。これはこれまでまったく研究が及ばなかった領域だ。元来命中率やドロップ率というのは不安定なもので、調査も相当数を重ねないと確かな結果にたどり着かない。うかつな調査では、ともすれば小数点以下の確率で盗めるとかいい加減なことを言ってしまう。なので容易に手が出せないものではあるのだが、今回手がかりが得られたことによってついに未知の領域に足を踏み込めた。

ルドラの言霊の命中率に関する細かな調査。

ルドラの秘宝の言霊システムの命中率関連の仕組みを、データを取りながら細かく調査してみました。

調査は、いくつか命中率の数字が明かされている単語があるので、それを用いて命中率の計算式を算出し、今度はそこから明かされていない単語の命中率を推定するというパズルのような過程で行った。

やはり不確定要素はあるが、それでも大体の仕組みが明らかになったといえる。

 

特許の現行の知識への組み込み

命中率についてもわかったので、いよいよ特許とこれまでの知識を合わせて、言霊システム研究をアップデートするという段階に入った。それが以下である。

ルドラの秘宝の言霊システムのすべてを解説。

ルドラの秘宝の言霊システムについて、効果決定の仕組みや威力の計算など、あらゆる要素を解説している言霊研究の決定版です。

この際にも、結構な数の追加調査を行っている。特に言霊のグラフィック関係は実際は特許に書かれていることともまた違う仕組みであることがわかったからだ。

ここでポイントなのは、特許に書いていたからといってそれがゲームに実装されているとは限らないという点だ。特許はあくまで仕様書であり、ゲームがその通りになっているかということはチェックされるわけでもない。その後変更があったということもありうるだろう。

なので、本当に書いてある通りかどうか、実際にゲーム上の動作を確かめる過程が必要になる。それをやってみると、特許の間違いが見つかったりもする。

ともあれ、現行の知識+特許+追加調査という3点セットで、言霊システムの理解が相当進んだことはそのページを見ればわかるだろう。

ゲームの特許を調べてわかること

以上のような流れで今回の言霊システム特許は言霊研究に貢献したが、このことを踏まえてより一般的な、特許を調べてわかること、つまり特許を調べる意義についてまとめてみよう。

  1. 特許の対象となるゲームシステムが、どのような意図と構造で設計されているかがわかる
  2. 外からでは見えにくいゲームの内部処理がわかる
  3. システムの内容が隠されているものは、その内容がわかる
  4. 開発段階の情報や資料がわかる

といった感じだろうか。4については、例としてルドラ特許の場合、付されている図からリザが「リサ」になっていたとか、マリーナに足があったっぽいということがわかるのである。

 

総じて伝えたいことは、ゲームの特許があった場合、その特許を見てみれば、対象のゲームについてより深い知識が得られるかもしれないということだ。本格的にゲームの仕組みを解明したいという人は、特許にチャレンジしてみてはいかがだろうか。

 


2018.07.15

ミスティッククエストの越智善彦氏の漫画

密かに存在していた、越智善彦氏によるミスティッククエストの公式漫画。今回このきわめて貴重な資料を発掘したので、その内容をご紹介します。


SFCソフト「FFUSAミスティッククエスト」の情報を求めてファミマガを調べていたところ、漫画家のおちよしひこ(現:越智善彦)氏によるミスクエ漫画を32p分も発見した。これらは単行本化されておらず、幻の書き下ろしだといっていいだろう。

それ以前にも、越智氏がミスクエに関わっていることはわかっていた。NTT出版から出ている攻略本の扉イラストが同氏によるものだからだ。それに加え、ファミマガ1993年7月23日号付録の「ファイナルファンタジーUSAミスティッククエスト スクープガイドブック&コミック」にも、同氏の漫画が掲載されている。

どうやら越智氏はミスクエの公式イラストレーターに近い扱いだったようで、ご本人のページにも、この漫画がファミマガではなくスクウェアからの依頼だったことが記されている。つまり、ファミマガ掲載のこの漫画もプロモーション用だったといえそうだ。(ただ、同じくファミマガに載っていた杉森健氏のジェリーボーイの漫画も同様だろうから、珍しいことではなさそうだが)

ともかく、付録32p、雑誌16+16pと、ミスクエはたっぷりと漫画化されていたことになる。この内容が埋もれるのは惜しいので、可能な限り以下に紹介してみたい。

 

スクープガイドブック版

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  ファミリーコンピュータMagazine 1993年7月23日号 No.15付録 pp.48-49, 62-66

 

第1号の漫画がこれであるが、内容としてはオープニング+ストーリーダイジェスト+仲間キャラ紹介となっている。主人公(名無し)のほか、カレン、ロック、フェイ、レッドとの出会いの場面が描かれる。その過程はゲーム内の展開を忠実になぞったものである。ついでに「カレンが毒を受けた後も強い」とか「他の仲間もやたら強い」とか、ゲームの内容も踏まえた構成にもなっている。

 

ファミマガ本誌版その1

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ファミリーコンピュータMagazine 1993年8月20日号 No.17 pp.77-80, 83, 89

 

ゲーム発売少し前に掲載されたこちらの漫画は、なんと本編開始前のプレストーリーとなっている。展開としては、

ダークキングが勇者の出現を知る→ホワイトが勇者を探しに行く→ベヒーモスが何人かの勇者候補に襲いかかるも、相手にならず勇者でないことがわかる→勇者たる本編主人公、ついに発見

というものになっている。ダークキングに加え4つのクリスタルを封じるフレームサウルス、アイスゴーレム、ヒュドラ、パズズのイラストがあるほか、本編では最初に出てきてやられるだけのベヒーモスにキャラ付けがされていて面白い。というか結果的に、ホワイトとベヒーモスの目的が一致して、一緒に勇者を探し回っていたことになっている。

 

ファミマガ本誌版その2

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ファミリーコンピュータMagazine 1993年9月3日号 No.18 pp81-82, 84, 89, 93, 96

 

その次の号に掲載された第3段は、引き続きプレストーリーになっている。ホワイトがフェイリア→アクエリア→フォレスタと回って、それぞれレッド、フェイ、カレンと出会うという内容(ちなみにベヒーモスは地中についてきている)。残念ながらロックはいないが、ストーリー開始以前に、ホワイトとこの3人は顔見知りだったというわけだ。想像が膨らむ展開である。

ちなみに最後のページの枠外に「『俺の村』というセリフはなくなったそうです…」と書いてあるが、確かに付録版と見比べてみるとセリフが変わっている。そしてこの違いは、ここに書いてあるように英語版と日本語版の違いなのである。つまりこれは、数ヶ月の間に冒頭の運命の丘で沈む村が主人公のものではないという明確な変更がなされたということを意味している。(英語版は依然としてそのままだが)

あと、ファミマガ側の仕業なのか、今回は欄外にスクウェア作品紹介が載っている。FFやロマサガ、聖剣伝説がある一方でスクウェアのトムソーヤや魔界塔士はない。せっかくなので、95ページにあるミスクエの紹介文を書き写してみよう。

このコミックのもとになったのが、スクウェアがアメリカ市場に向けて独自に開発、発表したRPG『ミスティック クエスト』だ。日本で人気の『F・F』シリーズの世界を受け継いだ、外伝とでも言うべき作品なのだ。日本版とアメリカ版の違いは、文字が日本語になっているだけで、それ以外に変更点はない。「誰でも遊べるRPG」を目指して作られたという『ミスティック クエスト』は9月10日に発売される予定だ。

となっている。以前の記事でも書いたが、当時は発売の経緯がしっかり説明されていたことがわかるだろう。


というわけで、ミスティッククエストにはボリュームたっぷりの公式漫画が存在した、というのが今回の発見である。ただでさえ資料が少なく、非常に地味な作品に留まっているミスクエだが、当時はこれだけのアピールもされていたわけで、この漫画と一緒にゲーム自体ももう少し記憶に留まってくれれば幸いである。