ゲーム情報専門・火の鳥ブログ

最新の記事

2019.02.17

キャラゲーからFFへ……中里氏とコブラチームの道のり

 前回は、いわゆるコブラジョジョを作った中里尚義氏のインタビューを掲載しましたが、彼のその後の経歴は調べてみるとかなり面白いことが判明しました。キャラゲーが意外なゲームと結びついていることがわかったのです。今回はその中里氏を中心に、コブラチームがその後どうなったかについて調べてみました。

 

用いた資料

 調べるにあたって参考にしたのは、前回のVジャンプ1992年12月30日号と、スクウェアスタッフの繋がりを徹底的に調べておられるSubeakiさんのページ「スクウェア大事典」、そして昨年発売された書籍『ゲームドット絵の匠 ピクセルアートのプロフェッショナルたち』(ホーム社)。この書籍には中里氏と、トーセからバンダイに移った田中庸介氏、さらには橋本名人こと橋本真司氏へのインタビューが収録されており、バンダイのキャラゲー作りやコブラチームについて豊富な情報を伝えてくれる。これらを以下で参照する時は、それぞれ「Vジャンプ」「大事典」「ピクセル」と略す。

 

ファミコン期

 中里氏はD&Dというデザイン事務所に入り、バンダイはそのクライアントの一つだった。パソコンRX-78のグラフィック制作などを経て、「オバケのQ太郎ワンワンパニック」ではじめてファミコンに関わる。本作は開発はトーセだが、D&Dは企画とデザインを担当していた(ピクセル)。その後中里氏はドラゴンボールシリーズすべてとまじかる☆タルるートくん、聖闘士星矢、ファミコンジャンプなどを担当(Vジャンプ)。このうちドラゴンボールの数本で、スタッフロールに「D&D CORP.」とあるのが確認されている(それ以外のゲームはD&Dや中里氏の記載なし)。バンダイのファミコンキャラゲーの制作元はほとんどがトーセとされているが、同時にD&Dも多くの部分に関わっているようだ。書籍の対談で語られている内容によると、最初にD&Dが企画とデザインを行い、その後トーセでデザインの修正をしつつプログラムを行っていたと言われている。これは今まで知られていなかったことである。

 この際の担当は第一にグラフィックで、中里氏は田中氏とともにバンダイの多くのキャラゲーのドット絵を描いている。また当時は役割分担があまりなく、ファミコンジャンプでは中里氏が企画、デザイン、指示と多くの役割をこなしている。

 

コブラチームの立ち上げ

 中里氏はSFCの「ドラゴンボール 超サイヤ伝説」を作った後、1991年に橋本真司氏(橋本名人)とともに株式会社コブラチームを立ち上げた(ピクセル)。橋本氏はバンダイで(開発部にもかかわらず)ファミコンゲームのプロモーションを担当していた人物で、雑誌などでの宣伝に加えファミコンジャンプのプロデュースを行っていた。バンダイの「ポケットザウルス 十王剣の謎」には橋本名人が主人公として登場している。

 コブラチームの代表作はなんと言ってもSFCの「ジョジョの奇妙な冒険」であるが(その制作の様子については前回のインタビューを参照)、本作のプログラムやサウンド、グラフィックはウィンキーソフトが請け負っており、コブラチームの担当は主にゲームデザインやプロデュースのようだ。他にはSFCの「サンダーバード 国際救助隊出撃せよ!」、「バスタード 暗黒の破壊神」およびACのドラゴンボール2作を発売しているが、1994年以後のソフトが存在しないので、トップの移籍に伴い解散したと思われる(大事典)。

 中里氏も橋本氏もコブラチーム時代のことについては多くを語っていないが、橋本氏はコブラチームの社長、中里氏はコブラチームの開発責任者だったようである(Vジャンプ)。

 

スクウェアへの移籍

 1994年に中里氏はスクウェアの坂口博信氏に声をかけられ、スクウェアに移籍することになる(ピクセル)。この時には橋本氏に加え、コブラチームのスタッフの何人かも同時にスクウェアへ移ったようだ。残った人物がゲームを作っていた様子はないので、実質スクウェアへの吸収だったのかもしれない。中里氏はプランナーとしてスクウェアに入り、最初に関わった作品が1995年のフロントミッションである(この時はグラフィックを担当)。

 橋本氏は書籍ではクロノトリガーのプロデュースを担当と書かれているが、スタッフロールにはスペシャルサンクスとしての記載しかない。フロントミッションではプロデューサーで記載されている(大事典)。

 その後中里氏はFF7、8、10、13、15と本流FFシリーズの多くにプランナーとして関わっている(大事典)。現在はFF15を手がけたスタッフがスクエニ内で発足させた株式会社Luminous Productionsに在籍。橋本氏は多数のスクウェア・スクエニ作品のプロデュースを担当しており、現在は第3ビジネスディビジョンのディビジョンエグゼクティブの地位にいる。

 

コブラチームとは何だったのか

 今回の情報からわかるのは、コブラチームはバンダイのスタッフが独立してできた「小バンダイ」だったということである。そのメンバーには中里氏などゲーム制作を行える人物もいるが、どちらかと言うとパブリッシャーの役割を果たしていることが、各作品でさらに下請けに開発を頼んでいることからわかる。つまりバンダイがやっていたのと同様に、原作を選び著作権などの交渉を行い、ゲームデザインのアイデアを出して開発会社に指示するという活動を行っていたのがコブラチームなようだ。この点は、キャラゲー制作に長けたスタッフをそろえていたのでまさに強みだったといえる。

 しかしその活動はわずか2年で中断し、多くのスタッフがスクウェアに移籍することになった。ドラゴンボールなどのキャラゲーの血が、そしてコブラジョジョの血が、なんとFFに流れていることがわかったのである。これはゲーム史上の奇妙な事実と言う他ない。このことを考えると、コブラジョジョを見る時もなんとも微妙な気持ちになってくるものである。

 


2019.02.16

コブラジョジョの「仕掛け人」へのインタビュー

 前回前々回とキャラゲーについていろいろ調べていて、ふと手元の資料を見たら実にちょうどいいインタビューがありました。
 それは、問題作として名高いコブラチーム制作の「ジョジョの奇妙な冒険(SFC)」の開発者インタビューです。おまけにここでインタビューされている人は、それ以前の数々のキャラゲーに関わっていたということもわかりました。
 あのとんでもないゲームは何を意図して作ったのか?全国十万人のコブラジョジョファン[要出典]待望の新事実が今、明らかになります。

 今回紹介するのは、Vジャンプ1992年12月30日号(特別編集増刊)である。158-163ページにかけて、SFCの「ジョジョの奇妙な冒険」の開発責任者、中里尚義氏のインタビューが載っている。4節に分かれている内容を、要約と引用によって解説してみよう。

jojo1.jpg

ジョジョだけの未体験3大システム!!(p.160)

要約:本作のウリは、シネスコサイズ画面、バイオリズムを使ったパラメーター設定、状況に合わせて変化するキャラの表情の3つ。そしてその背景には一つのテーマがあるという。


そのテーマは、題材にしているキャラをいかに本物のイメージ通りゲーム中で個性づけをするかということ。


これがどう先ほどの3つに関係するかというと、ジョジョのキャラクターは表情豊かなので、表情がわかるようキャラを大きくするためにシネスコサイズ画面にした、ジョジョでは心理的に相手を追い詰める戦い方をするので、「プレイヤーに心理的な圧迫を感じながらスリルある戦いをしてもらおうと」バイオリズムという設定を作ったらしい。

コメント:実際のゲーム内容を考えると、まさか原作を再現するつもりがあったんだ・・・というところでびっくりするかもしれない。しかしよく考えてみれば、ここで話しているのはグラフィックについてであって、ストーリーのことはない。シネスコ画面というのはつまりドラクエのような見下ろし視点のRPGにしないということであり、この工夫は効果的に発揮され迫力のあるグラフィックとなっている。しかし、心理戦の多い原作を生かすためにバイオリズムを入れたというのはよくわからない。これは攻撃力などのパラメーターが変動するもので、アイテムで調整できたりトイレで上昇したりするが、戦闘中にどうこうできるものではない。むしろ心理戦という要素は戦闘中の「話す」「調べる」で表現されているように思えるが、システムとして生かされているとは言いがたいし、悪口を言って戦意喪失させるというのはちっとも原作通りではないだろう。

アニメーションの世界へプレイヤーも入り込めるゲーム!!(p.161)

要約:シネスコサイズ画面を採用して、映画的な表現ができるようになった。カメラの視点を変えてさらにダイナミックな表現を入れたかったが実現しなかった。一方でバトルシーンのウリは、

このゲームのメインは、承太郎たちなので、彼らがどうやって敵と戦っているのか見ることができる点ですね。敵キャラからの攻撃だけでなく、敵キャラをやっつける承太郎たちの映像もしっかりフォローしているんですよ。長い間キャラクターゲームを作り続けたこだわりですね

コメント:本作のグラフィック面に関しては、意図した通りに表現できているように思われる。中里氏の言う通り、味方側のグラフィックが映るというのはこの視点(ドラクエタイプ)のRPGの場合画期的なことで、ドラクエでも実現したのは相当後の話である。だが戦闘中の問題はここではなく、触れられていない部分つまりボイスにあるのだが。

物語を知っていても、知らなくても楽しめるソフト!!(p.162)

 原作ストーリーの反映させ方について、重要な箇所なのでそのまま表記。

jojo3.jpg

(原作との兼ね合いは)いつもキャラクターものをやるときジレンマとして残ります。ようするにゲームとして遊べるものを重視するのか、ジョジョというキャラが大好きなファンを裏切らないものにするのか、2通りありますよね。ゲームを追ってしまうと、ジョジョのキャラを使う意味があるのかと問いかけたくなるような作品になってしまう。以前ありましたよね、どんなキャラを使っても結果的にピョンピョン跳ねるだけのマリオ崩れみたいなやつ。逆に、ファン好みに作ったとします。すると少しでも本編と違う設定にしてしまうと、ファンの皆さんは、その時点で混乱してしまうんです。困ったものですねぇ。

ではこのどちらを選んだのかと問われて、

確かに本編の物語を知っている人のほうが、様々なイベントをこなしていくうえでいくぶんスムーズに進めることができるかもしれないけど、そこはまったく物語を知らない人でも無理なくテンポよくイベントをこなしていけるよう工夫しています。もちろん、本編に沿って物語の構成はしているものの、たまに敵キャラの出現場所が異なるなど、物語を知っている人にも新鮮な作りにしてあります。

コメント:ここにすべての答えがある。彼の述べていることに偽りはない。下線部に注目してほしい。「テンポよくイベントをこなしていけるように」飛行機内でデス13とハイプリエステスが襲ってくるのであり、ポルナレフが本屋にいるのも「たまに敵キャラの出現場所が異なる」と言っている通りである。要するに、あのストーリーは原作を適度に圧縮した結果ということである。それを適度と思うかどうかはともかく。

キャラクターゲームの鬼才が描く今後の展望っ!!(p.163)

 ここの内容が何より衝撃的だった。中里氏がこれまでの経歴を語っているのだが、その過程で数々のキャラゲーに関わっているのである。要約しよう。

jojo2.jpg

要約:中里氏はD&Dというゲーム会社にグラフィックデザイナーとして入社した。そこは人手不足で、氏はグラフィックに限らず企画やプロデュース、営業まで行い、年間30本のゲームを一人で作っていた。その後ファミコンソフト制作に携わったが、最初の作品が「オバケのQ太郎ワンワンパニック」。その後バンダイで15~16本のキャラゲーに関わった。その際も一人でほとんどすべての職種をこなしていた。
関わったタイトルは、ドラゴンボールシリーズのすべて、タルるート、聖闘士星矢、ファミコンジャンプなど。その後バンダイから離れてコブラチームを作り、最初に制作したのがこのジョジョである。

コメント:まず注目すべきは、ここで「キャラクターゲーム」という言葉が使われている点である。キャラゲーという概念がどのくらい広まっているかは不明だったが、1992年の時点で業界人がすでにこの言葉を使っているところを見ると、結構昔からキャラゲーの概念は存在していたようだ。

その内容からは、中里氏はバンダイの数多くのキャラゲーに関わっていたことがわかる。ある意味、そのバンダイキャラゲーの集大成がこのコブラジョジョだということになるだろう。ただ、それらのゲームで氏がどの部分に関わっていたかは定かではない。確かなのは、このコブラジョジョには相当程度関与しているということである。本作のスタッフロールにはゲームデザイナーの肩書で名前が載っている。
中里氏の以前の仕事というのも気になるのでざっとチェックしてみたが、話に上った中で「ドラゴンボール大魔王復活」と「まじかる☆タルるートくん FANTASTIC WORLD!!」、ファミコンジャンプ1・2にはスタッフロールはあるが名前なし、「まじかる☆タルるートくん2まほうだいぼうけん」はスタッフロールがほぼ偽名なので判別できず、その他はスタッフロール自体がなかった。発見できたのが「ドラゴンボールZ 強襲!サイヤ人」と「ドラゴンボールZII 激神フリーザ」および「ドラゴンボールZ 超サイヤ伝説」で、「DESIGN OFFICE」に「D&D CORP.」と記されていた。本人が言っている以上嘘ということはないだろうが、名前を発見できないのは気がかりである。

全体の感想

 このインタビューから、中里氏がいろんな意図をこめてコブラジョジョを作っていたことがわかった。そしてその意図は、グラフィック面では効果的に実現していたが、システム面では今一つであり、ストーリー面はご覧の有様という感じである。この様子を見ると、グラフィックデザインの専門家が他も担当するのが間違いだったのではないかという気もしてくる。何にせよ、これでコブラジョジョの謎が一つ明かされたことは間違いないだろう。
 キャラゲーのプロという中里氏の経歴は興味深いので、もう少し追加調査を考えている。いくつか資料も発見できているので、近い内にお見せしよう。


2019.02.09

キャラゲーはなぜつまらないのか

 今回は、ファミコンのキャラゲーを徹底検証したデータを元に、キャラゲーはなぜつまらないものが多いのかについて考えてみようと思います。

 この内容は、ファミコンのキャラゲーの中でもっともヤバいものを決定する企画「ファミコンのキャラゲー最凶決定戦」を踏まえていますので、まずはそちらをご覧ください。

 前回は「面白いキャラゲーの条件とは」としてキャラゲーが面白くなる要因を探ってみましたが、今回はそうした面白いキャラゲーとも比較しながら、ダメなキャラゲーの特徴と原因について迫ってみます。

 まずはキャラゲーの定義から始めよう。前回と同様、「原作となる作品が存在するゲーム」をキャラゲーとみなすものとする。これだと芸能人・有名人が登場するゲームが省かれてしまうが、そちらもキャラゲーと呼ぶに値するものだろう。今回は決定戦に参戦する作品を絞るためにそれらは省いたが、それでも十分な分析ができるはずである。

 ただし気をつけてほしいのは、決定戦に出場した「ヤバいキャラゲー」はただのつまらないキャラゲーよりもインパクトにおいて勝るものであり、まったく同じ分類ではない。むしろ出場が叶わなかった次点のキャラゲーのほうがつまらないキャラゲーの特徴を備えているといえる。

 

キャラゲーの失敗要因の一般的な理解

 ウィキペディアには、「キャラクターゲーム」という項目が存在する。キャラゲーというのはしっかり確立された概念とは思わないので項目にできるのかと思うが、案の定「この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です」がついている。

ともかくここにもキャラゲーはつまらないという話も書いてあるのでその理由を見てみると、「ロイヤリティが開発費を圧迫する」「開発期間が短い」「中身が悪くても売れると思っている」「原作の内容に依存しすぎて知らない人が楽しめない」「原作のイメージを保つため内容が制限される」「原作を踏まえていない」などとある。最初の3つは開発側の事情の話だが、検証が困難な上に実際何の出典もないので、物言いがつくのも仕方ないことである。

これらの理由は何となく納得がいくが、今回の決定戦を踏まえるとここで見落とされている大きな理由がいくつかあることがわかってくる。それについて以下に述べていこう。

 

理由その1:そもそもゲーム会社が作ってない

 おそらく最大の理由はこれである。キャラゲーの失敗要因を知りたいのであれば、まずはそうしたゲームを出したメーカーを調べるべきだったのだ。以下にそれぞれ最強(面白いほう)と最凶(つまらないほう)決定戦のエントリーおよび次点作品のメーカーを集計した結果を載せよう(1本しかないメーカーは除く)。

graph1.jpg

 このグラフからわかるように、面白いほうはカプコンが筆頭で、バンダイ、バンプレスト、コナミと続くが、ヤバいほうは圧倒的なバンダイ率に加え、北斗の拳やもっともあぶない刑事を擁する東映動画タカラ東宝と並ぶ。この辺がヤバいキャラゲーの仕掛け人であることは間違いない。要するに、多くのつまらないキャラゲーはゲームメーカーでないところが作っていたのである。これはあくまで想像にすぎないが、「ゲーム」としてではなく「アニメ」や「おもちゃ」としてゲームを作っているメーカーからつまらないキャラゲーが生まれるのではないだろうか。

 メーカーについてもう少し細かく見てみると、そうした会社は自社ではゲームを作れないので、別の開発会社に外注することになる。バンダイの場合ほとんどがトーセと組んでおり、東映動画はショウエイシステムとマイクロニクス、タカラもやはりトーセである。外注が常に悪いわけではないが、面白いキャラゲーと比べても、その割合には明確な違いがある。

 とはいえ、おもちゃだから悪いとか、トーセが元凶だったとは一概には言えない部分もある。以下ではまた別の理由について考えてみよう。

 

理由その2:技術力の問題

 面白いキャラゲーとつまらないキャラゲーの間には、発売された時期の違いがあるように思われる。実際にそれぞれの発売年の平均を出してみると、最強は1988.8、最凶は1987.9となった。わずか1年の違いだが、全体としてつまらないキャラゲーのほうが面白いキャラゲーよりも初期に発売されているといえる。

 では早いと何が問題か。ファミコンのキャラゲーに限った話だが、次世代ハードと違って、ファミコンには前身ハードといえるものがほぼない。これは、どのメーカーも必然的に参入したばかりだということである。そうなると、技術もなければノウハウもない。ファミコンでのゲーム制作に慣れるのに数年の時間を要しただろう。その間にひどいゲームが出てくるのも仕方のないことかもしれない。

 そして、実際にファミコン後期にはキャラゲーの質は上がっていく。初期は散々だったバンダイとトーセのコンビも、1991年にはタルるートくんという良質なゲームを出している。その他、同時期にはいかにも子供だましっぽいサンリオのゲームも増えだすが、これが案外面白かったりする。まるっきり例外のキョロちゃんランドのようなアレもあるが。

 

理由その3:不適切なゲームジャンル

 時期の問題と関係してくるのが、キャラゲーのゲームジャンルの選択のまずさである。同じく2種類のグループのジャンルを集計してみよう。

graph2.jpg

 一見してわかるように、面白いほうのジャンルが多様なのに対し、つまらないほうは4種類しかなく、アクションの割合がとりわけ大きい。これがおそらくキャラゲーの内容に関係している。タッチやバツ&テリーの例が示す通り、明らかにアクションに向いていない原作までアクションゲームにした結果、原作との関連性がメタメタになった作品も多いからである。他方でアドベンチャーというのは結構な安全牌で、両決定戦には出てこなかったがおそ松くんや少年アシベ、ひょっこりひょうたん島などアドベンチャーにすることでバトルものでなくても原作の雰囲気を出しつつゲーム化に成功した例も結構ある。

 ではなぜ安易にアクションやRPGを選んでしまったか。1つは初期には前例も少なく、他に選択肢がなかったためであろう。もう1つはスーパーマリオブームとドラクエブームのせいである。86年ごろはマリオのせいでとにかくアクションだらけであり、その後RPGも増えだす。その両方に乗っかったのが北斗の拳である。

 アクションゲームにはもう一つ問題がある。キョロちゃんランド、うる星やつら、ソルブレイン。これらは別のゲームのキャラが差し替えられたものだが、どれもアクションだという共通点がある。これがアドベンチャーだったらストーリーも大きく影響を受けるのでそんなことできやしないわけで、キャラの差し替えが可能ということは、それだけキャラの存在感が薄いということでもある。やはりアクションのキャラゲーには限界があるのだ。

 総じて、原作にふさわしいゲームジャンル選びこそが、キャラゲーが面白くなるための必須要素だといえるだろう。キャプテン翼と大甲子園、スウィートホームはとりわけ、原作の魅力を最大限に発揮する独自のシステムを開発している。SFCの格ゲーじゃないほうの幽遊白書もそれに加えられるが、これらはそうした独自システムのおかげで、非キャラゲーにも真似できないレベルにまで達している。

 

理由その4:ファミコンブーム期の粗製乱造

 今の視点から見ると、86年ごろのファミコンブームはあまりにも異常だった。その結果どうなるかというと、中身が伴っていなくてもゲームが売れるのである。何せドラゴンボール神龍の謎とゲゲゲの鬼太郎妖怪大魔境が125万本だ(北斗の拳も150万本と言われているが、売上ランキングに見当たらないので間違いかもしれない)。

これはもはや、「頑張らなくても売れる」と思ってもおかしくないだろう。そして山ほどゲームが出ている中では、元から知名度のあるキャラゲーのほうが売れるという寸法である。この後ドラクエが新たな方向性を作らなかったら、本当にアタリショックが起きていたかもしれない。

ここから何となくわかるのは、質の悪いゲームも多様性があってはじめて生まれるものだということである。世の中からクソゲーがなくなった時、それはゲーム業界の終わりを意味しているのかもしれない。

 

まとめ

今回の内容を整理してみると、つまらないキャラゲーができるのは、

  1. ゲーム市場がバブル状態で、
  2. ゲーム会社じゃないメーカーがゲームを作り始め、
  3. 技術力が不足しており、
  4. 特に原作に合ったゲームジャンルを選ばなかった時

ということである。その知名度によるアドバンテージがある限り今後もキャラゲーは作られ続けるだろうが、メーカーにはこうした失敗例と前回挙げた面白いキャラゲーの条件を参考にして、ユーザーが楽しめるゲームを作ってほしいものである。

 

 


2019.01.20

面白いキャラゲーの条件とは

 新年最初の記事は、一般に出来の悪い作品が多いとみなされている「キャラゲー」が面白くなるための条件とは何か、そしてキャラゲー特有の魅力とは何かについて考えていきたいと思います。この文章に先立って、「ファミコンのキャラゲー最強決定戦」で数々の面白いキャラゲーを対決させた結果、これらの疑問に対する答えもなんとなくわかってきたので、それを踏まえての内容です。

キャラゲーの定義の難しさ

 まずはキャラゲーとは何かを決めなければならない。上記のトーナメントでは、キャラゲーは「原作となる作品が存在するゲーム」と定義した。しかし定義というのはどんな場合も明確には切り分けられないもので、これだと小説を原作とする初代女神転生も入ってしまう。同じく原作小説のある西村京太郎ブルートレイン殺人事件なども一般のキャラゲーのイメージからは外れるだろう。また逆に所さんのまもるもせめるもやさんまの名探偵など芸能人・有名人が登場するゲームはキャラゲーっぽいが原作はない。だがこれを入れると戦国武将の出てくる信長の野望はどうなんだという話になる。

 この問題は「漫画・アニメ・映画を原作にしたゲーム」としてしまえば解決するように思われるが、そううまくはいかない。メディアの中で小説だけ排除するのはおかしいし、スクウェアのトムソーヤなどは小説が元なのかアニメなのか微妙である。さらにDSでよくあったテレビ番組を再現するものはキャラゲーではないのかとも思える。結局のところキャラゲーという言葉があいまいなのがいけないのだが、わかりやすさのためには使わないわけにはいかないので、やはりキャラゲーは「原作となる作品が存在するゲーム」、ただしイメージにそぐわないものあり、という形でやるしかないだろう。

 

面白いキャラゲーの基準は?

 最強決定戦では、上位に選ばれるべきキャラゲーの基準として、「原作を十分に踏まえていること」「ゲームとして面白いこと」を設定した。これに異論はないだろう。原作があるのだからできるだけ正確に参照していたほうがいいし、ゲームとして面白いというのは必須のことである。しかし、この両者のバランスどうするのが理想かはというと一概にはいえない。たとえばソルブレインはゲームとしてはとても面白い。しかしその実態は原作とは関係ないゲーム「シャッターハンド」のキャラを差し替えたものであり、主要キャラがほとんど登場しない上に、出てくる敵も原作を踏まえてはいない。その逆もまた同様である。AKIRAは映画のシーンの再現度はかなりのものだが、映画に沿った行動以外とることが許されないという極端なもので、ゲームとしてはちっとも面白くない。

 このように、面白いキャラゲーといっても千差万別なので、次に対戦の結果わかったことを踏まえて、もう少し細かくキャラゲーの魅力をタイプ別に分類してみよう。

 

キャラゲーの魅力3要素

 キャラゲーの魅力として挙げられるものには、どうやら以下の3つがあるのではないかと思う。

  1. 原作再現
    これは先ほど述べた通り、原作の世界観やストーリーを踏まえた上で、ゲームになっているという要素である。たとえばアクションのドラえもんであれば、舞台が大長編3作で、アイテムがひみつ道具になっている、などだ。普通のゲームの枠部分に原作を取り入れたとも言える。
  2. if
    原作再現にストーリーの自由度を加えたもので、「ここでこうしていたらどうなったんだろう」というプレイヤーの願いをかなえてくれるというゲームならではの要素だ。わかりやすい例は、原作で死亡するキャラがスパロボでは生存できた、などである。
  3. クロスオーバー
    クロスオーバーは複数の原作を混ぜ合わせて、単なる原作再現ではない独特の世界観を作り上げるというものである。スパロボは言うまでもなく、その前身といえるコンパチヒーローシリーズからすでにこの要素が登場し、オリジナル敵と戦ったりしている。

見ての通り、後の2要素にはどちらもスパロボがからんでいる。ゲームとしてはそこそこにもかかわらず第2次スパロボを敗退させ難かったのもこのためで、他のキャラゲーが原作再現、あるいは「ガワを原作通りにした普通のゲーム」に留まっている一方で、この2要素を発展させたスパロボの功績はあまりにも大きいと考えたためだ。

 

原作との関係性の3種類

 続いて、原作再現の度合いに従ってキャラゲーを分類してみよう。原作に忠実になものとそうでないもの以外に、別のパターンも存在している。

  1. 原作ストーリーに忠実型
    AKIRAをはじめとしてとにかくストーリーを再現することを考えたものである。しかしその結果ゲーム内容が犠牲になりやすいが、キャプテン翼のようにシステムがしっかりしていれば跳ね返せるものもある。
  2. 原作世界観+オリジナルストーリー型
    この代表はギガゾンビの逆襲である。単に原作ストーリーをなぞるだけではつまらないので、元の世界観を活かしつつ新しい冒険を作るものだ。というより大長編ドラえもん自体がまさにこの構造であり、ドラえもんの十八番といえる。
  3. ガワだけ借りた型
    言い方はひどいが、面白いキャラゲーにはこの種類が多い。特にカプコンが得意で、原作とは特に関係なく天下統一までいく天地を喰らうがよい例である。これなんかはむしろ、「グラフィックが本宮ひろ志の三国志RPG」と言ったほうが正しいくらいだ。アーケードの天地を喰らうも同じで、純粋に面白いゲーム+αという形になるので当然クオリティは満足いくものになる。

 

最強のキャラゲーメーカーは?

 カプコンの話が出たが、メーカー単位で考えてみるとどこが面白いキャラゲーが多いのだろうか。今回エントリーの16作品と、次点の18作品(ギャリバン除く)も加えてカウントしてみよう。

メーカー名 ベスト16 全体

カプコン

4

5

バンプレスト

1

5

バンダイ

2

4

コナミ

2

3

サン電子

1

2

タイトー

1

2

アスミック

0

2

ハドソン

1

1

パック・イン・ビデオ

1

1

エンジェル

1

1

エポック社

1

1

テクモ

1

1

HAL研究所

0

1

ビクター音楽産業

0

1

ビック東海

0

1

ポニーキャニオン

0

1

ナムコ

0

1

スクウェア

0

1

見ての通り、本戦エントリー作品の4分の1を占めるカプコンがトップ。左右の差が大きいバンダイ(エンジェルも系列なので+1)とバンプレストはキャラゲーの数自体が多いので、数撃ちゃ当たる感がある。次いでこの時期出すソフトにハズレ無しのコナミ。サンソフトが頑張っているのにも注目。ナムコが少ないのは意外だが、キャラゲーはこれとルパン三世、デビルマンくらいである。(さんまの名探偵とチャイルズクエストはともかく)

 大会の結果を見てもわかるように、少なくともこの時期の最強のキャラゲーメーカーはカプコンだと言って間違いないだろう。とにかくこの会社、適度に原作要素を出しつついいゲームを作るのがうまい。また原作となるタイトルの選び方もポイントで、決してヒット作ばかりではないことがわかるだろう。もしかしたら逆に、作りたいゲームにふさわしい原作を選んでいるのかもしれない。

これ以外にも、アーケードの天地を喰らうやエイリアンvsプレデター、パニッシャーにキャディラックスとカプコンのキャラゲー名作は山ほどある。しかしなまじ原作があるせいで、著作権の関係で移植されなかったりとデメリットもあるんだけど。

 

面白いキャラゲーの条件は?

 以上の分析を踏まえて、結論としてキャラゲーが面白くなるための五箇条を挙げてみよう。

  1. ストーリーの再現にこだわりすぎないこと。原作をただなぞるだけではゲームにする意味がない。if要素を入れるか、原作を踏まえたオリジナルストーリーにするべき。
  2. 複数の原作を混ぜ合わせて、まったく新しい世界を作ること。単なる原作再現ではない味わいが生まれるだろう。
  3. メジャーな原作に飛びつかないこと。むしろゲームに合った原作をチョイスするくらいがいい。
  4. 原作にふさわしいゲームシステムを考案すること。キャプテン翼がいい例で、戦略性を入れつつ、原作のビジュアルを堪能できるようになっている。
  5. (あるいは)単純に面白いゲームに原作のガワをかぶせること。相乗効果で人気も出るが、オリジナルと比べて不利な点も。

1-4はキャラゲー独特の良さが生まれるが、5に関しては普通のゲームにプラスされるものなのでちょっと特殊かもしれない。いずれにせよこうした要素がキャラゲーをより良くすることは間違いないだろう。キャラゲーの評判を落とさないためにも、こうした点を考慮してゲームを制作してほしいものである。

 

 


2018.12.09

なぜゲームの乗り物は事故るのか:3つの理由

アイキャッチ画像

 ゲームでいやに多発する乗り物事故。それほど乗り物が事故る理由はなんなのでしょうか。今回は、RPG乗り物事故調査報告書で集めたデータをもとに、乗り物事故が起こる理由を考えてみました。その結果それっぽい理由が3つ見つかったので、多発する事故の謎の解明に近づけたんじゃないかと思います。

 先日の更新では、「RPG乗り物事故調査報告書」として、RPG内で乗り物が事故るケースをできるだけ集めてみた。ここで気付いたのが、事故が多いゲームと少ないゲームが対照的なことである。上記ページを見ていただければ一目瞭然だが、FFは明らかに多い。初期から存在するだけでなく、シリーズが進むと数もどんどん増えていく。定義から外れるので入れなかったが、FF9でも劇場船プリマビスタ撃墜や黒のワルツ3号によるカーゴシップ破壊など、乗り物が壊されるケースは依然として多い。これと対照的なのがドラクエである。戦車が壊されまくるスラもりはともかく、本家シリーズはどう頭をひねっても事例がほとんど出てこなかった。

 であれば当然気になるのは、乗り物が事故りやすいゲームとあまり事故らないゲームの差は何か、ということである。この点に関してはツイッター上でもいろいろな意見を聞いたが、今回調べていてある程度の結論に達したのでそれを解説してみよう。最終的には、なぜゲームで事故が起こるのかという理由も明らかになるはずである。

 

理由その1:事故りうるものが出るから(世界観の違い)

 最大にして誰も思い当たっていなかった理由がこれだ。つまり、事故れるものを出すから事故るということである。逆にすれば、事故りうるものが出ないから事故りようがないとも言える。

 この視点のヒントとなるのがバイオハザードである。バイオをはじめとするカプコンのアクションゲームで出てくるヘリコプターはやたら墜落するということが昔から言われている。このページでは実際に落ちたカプコンヘリがまとめられている。ここで考えてみたのが、なぜヘリなのか?ということだ。おそらくその答えは、出せる乗り物がヘリくらいしかないからである。バイオハザードやディノクライシスなどのパニックものはだいたい、孤島や人里離れた研究所、あるいは閉鎖された都市が舞台で、通常の乗り物は近づきづらい。かといって飛行機では着陸場所に困る。戦車は可能かもしれないが、何より主な用途である「脱出」に向いていない。他に考えられるのはオフロードタイプの自動車くらいであり、こちらも結構事故っている。また同時に、人間側の悪いやつらと戦う場合でも、ヘリはぴったりである。飛行機では、MGS2のようなハリアーでもない限り一箇所に留まっていられない。結局戦場にせよ町中にせよ、ヘリが一番汎用性が高いためよく出てくるのである。そしてよく出てくるものはよく落ちる。どうせ壊すなら、その場で炎上するだけの地上の乗り物より落下してたいてい爆発するヘリの方が絵になるというのもある。

 この話でわかるのは、なぜ事故るかを考える際には、そもそも事故りうる乗り物が存在しているかに注目すべきだということだ。それはどんな乗り物か。ここで当ページのトップに載せた事故統計を見てもらいたい。被害対象は上位から、船舶、航空機、宇宙船、自動車である。そしてドラクエを思い出してみよう。このうち、ほぼ船しか存在しないのだ。空飛ぶ乗り物はあるにはあるが、鳥やドラゴンや馬、気球や城や石など変わり種ばかりである。こういった乗り物は基本一品物なので、墜落して壊れたりしたら元に戻りそうにない。このドラクエの空の乗り物群を見ていくと、FFとの世界観の違いがわかるだろう。FFでSF要素が入ったのは6や7からだと思われがちだが、初代から超文明の飛空船が出てくるし、2からは基本通常技術で飛空艇が作られている。似たような剣と魔法の世界に見えて、ドラクエとは世界観がずいぶん違うのである。空には多数の飛空艇が飛んでおり、飛べば飛ぶだけ、今考えた概念である「可事故性」が高まる。FFとドラクエの差はこういうわけなのだ。もっと言えばおそらく、中世よりも現代のほうが、現代よりもSFのほうがというように、文明が進めば進むほど乗り物やコンピューターが増えて、事故が起こりやすくなる。事故は文明の発達の負の側面なのではないだろうか。

 しかし、ドラクエにも船は存在するし、ドラクエの船は事故らないがFFの船は事故る。どうやら、まだ見落としている要素があるようだ。

 

理由その2:すぐリカバーできないから(システムの違い)

 ゲーム、とりわけRPGの乗り物事故を比較する際に重要なのは、事故った結果としてどうなるかである。類型化してみると、乗り物を失う未知の場所に飛ばされるパーティーがばらばらになるなどが挙げられる。こうした事態が起こったとして、ドラクエだとどうなるか考えてみよう。どの場合でも、ルーラを使えばどうにかなってしまうのである。未知の場所からは帰ってこれるし、パーティーは基本離脱のないシステムだ。乗り物がなくなっても元の町には戻れるので、結局のところ修理や再入手の手間が増えるだけだ。となると、事故が起きても特に展開が変化しないということである。

 つまり、主にルーラとパーティーシステムのせいで事故への回復力が生まれ、その結果として事故が起こりづらくなっている。この点については、類似のシステムを導入しているゲーム、メタルマックスや桃太郎伝説、エストポリス伝記やブレスオブファイアなどでも同様だろう。これらの事故率をルーラなしのゲームと比較してみれば、顕著な差が出るだろうということは自信を持って言える。今になってわかったが、ルーラの存在は便利な半面、ストーリー展開が相当程度限定されるという危険な側面があるようだ。ゲーム開発の際には導入には慎重な検討が必要だろう。ともあれ、この理由をまとめれば「事故からの回復力」がない時に事故は起こるということである。

 

理由その3:事故る意味があるから(ストーリーの違い)

 これは理由その2と密接に関係しているが、事故った結果としてストーリーが変動する際にのみ、事故は起こるといえる。乗り物事故は、何らかの展開の変化をもたらしたくて起こすものなのである。サロニアのように行けるところを制限したり、FF4のようにパーティー人数を一旦減らしたり、火力船沈没のように新たな道を見つけたりといったことだ。マザー2のスカイウォーカーも、あれを使ってそのまま次の町に行けたら困るから壊れるのだろう。こうして行動を誘導する方法が、ドラクエではしばしば通用しない。それは主にルーラのせいだが、その影響でストーリーの性質も変わっているといえるだろう。つまり、「事故り甲斐」がある時に、事故は起こるのである。

 逆にストーリー上の事情が事故率を決定づける部分もある。それはストーリーの流れが「旅」かどうかである。多くのRPGは旅するものなので気づきにくいが、たとえばウィザードリィのような拠点とダンジョンを往復するものは横の移動がないせいで乗り物に乗りようがない。エレベーターくらいである。その他にも、拠点でクエストを受けてどこかに向かうようなゲームも、拠点がなくなったら困るのでまず事故らない。理由その1と似ているが、「乗り物に乗らなければ事故らない」のである。

 

コブラジョジョの謎、解明される

 ここまで理由を考えたことで、先日浮かび上がった謎への解答が得られたように思われた。それはSFCのジョジョの奇妙な冒険のRPG、通称コブラジョジョに関する話である。前提として、ジョジョの特に3部と5部は、やたらと事故が多いという事実がある。まるで乗り物に乗るのを待っているかのように敵が襲ってきて、最終的には飛行機が墜落する。事故が多い以上に、乗り物内での戦闘がとても多いのである。これはおそらく、荒木氏が乗り物内という環境をバトルに適したものとして効果的に使っているからではないかと考えられる。つまり狭い乗り物内で敵が襲ってくれば、大勢いる仲間は分断されるし、行動は制限されるし、乗り物内のギミックも活用できるというわけだ。その結果としてバトルがトリッキーで面白いものになっていることはわかるだろう。それ以外の理由としては、理由その1(現代が舞台だから)や理由その3(旅をするストーリーだから)も挙げられる。

 さて、翻ってSFCの3部ゲーである。話していてわかったが、本作ではあれだけ多かった乗り物事故がほとんどカットされている(ゼロかもしれない)。ストレングスは館がそうであり、グレーフライは飛行機じゃない場所にいて、エンプレスはなんかいない。これはなぜか。クソゲーだからという安易な結論で片付けてはいけない。答えは3・・・ではなく理由その2「漫画とゲームでシステムがまったく違うから」である。まず、先ほど挙げた乗り物内で戦う意味を思い出してみよう。パーティーの分断はありえるが、乗り物内という空間を生かしたバトルや、ギミックの使用は期待できそうにない。逆にゲーム方面から考えると、本作はストーリーの都合上引き返せない旅であり、乗り物を壊して利用を制限する意味もない。結局のところ、これは漫画とゲームの違いが生んだ差なのである。これがもしアクションゲームだったら、個性的な地形は意味を持ったかもしれない。実際にそれが活用されているのはPS2の5部ゲーである。

 これで謎は解けただろうか。おそらく、他の「原作と違う」現象も、こうしたゲームと他メディアの違いから生まれているものもあるのだろう。とはいえ、事故でストーリーを劇的にするという意味は依然として残っており、こればっかりはコブラジョジョのストーリーが悪いとしか言いようがないが。

 

まとめ:なぜゲームで事故は起こるかの3つの理由

 以上の話をまとめてみよう。ゲーム、特にRPGにおいては、次の3つの要素があればあるほど事故が起こるといえる。

  1. 可事故性 事故を起こしうる乗り物が世界に存在していること
  2. 事故への回復力のなさ 事故をリカバーする手段がシステム上ないこと
  3. 事故り甲斐 事故によって変化が起こるようなストーリー展開であること

ここまでわかれば事故の予防策もバッチリだろう。つまり世界観は航空機のない中世かそれ以前で、ルーラが使えて、強制的なストーリー展開のないクエスト受注型などのゲームなら事故は起こらない。これで警察署の交通課もニッコリである。