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その他

オウガバトルシリーズの元ネタ本

 今回は、タクティクスオウガをはじめとするオウガバトルサーガを作るにあたって制作スタッフがまず確実に参照したであろう資料を紹介します。数多くのキャラクター名がある一冊の本から取られているわけです。


 久々に更新した「ファンタジー博物館」の新コンテンツ、「悪魔族」はもうご覧いただけただろうか。これはユダヤ・キリスト教の悪魔についての伝承を簡単にまとめたものだが、多くのアニメやゲームはこうした伝承を元ネタないしインスピレーション元として利用している。

 あのリストを見れば知っている名前が多いだろうし、これはここから取ったんだなというのも知れるだろうが、それ以上に、作者はこの本を読んでいた、ということがかなりの見込みで推定できるケースもある。

 その一例がFF3の元ネタを調べていた時で、どうも『幻想世界の住人たち』を見たらしいということがわかった。本まで絞れるのは、他には載っていない誤った表記が用いられているためである。詳しくはこちらを見てほしい。

 そのような元ネタ本が推定できる例がもう一つある。こちらは99%確かだといえる話だ。それは、タクティクスオウガをはじめとするオウガバトルサーガのスタッフが、コラン・ド・プランシー著、床鍋剛彦訳『地獄の辞典』(講談社)を読んでいたということである。それは何より、本書に記載されている悪魔の一覧を見れば明らかだ。以下に索引を載せる。

地獄の辞典1

地獄の辞典2

地獄の辞典3

地獄の辞典4

 タクティクスオウガ以降の作品を知っていれば、見覚えのある名前ばかりだろう。アロセールがいる、アンドラスがいる、アリオーシュがいる、オーソンヌもいる。ベイレヴラやビスク・ラ・ヴァレもいる。オウガバトルの敵味方が勢ぞろいである。本書に載っていてオウガバトルに出てくるキャラクターを以下に一覧にまとめてみよう。ついでにいつもの二つ名もつけてみた。()は本と表記が異なっているものだ。

タクティクスオウガ
アロセール・ダーニャ 暗黒騎士アンドラス 戦慄のアナベルグ 暗黒神アスモデ 暗黒騎士バールゼフォン 魔術師バイアン バルバトス枢機卿 魔女ベルゼビュート 東雲のカークリノーラス(カークリノラース) 災いのダゴン デボルド・オブデロード 海賊船長エルリグ 毒使いのファルファデ 騎士フォルカス 剣聖ハボリム 竜使いハルファス 竜騎兵ジュヌーン(ジェヌーン) 騎士レオナール 魔導士ラドラム 暗黒騎士バルバス(マルバス) 暗黒騎士マルティム 屍術師ニバス 聖王オベロン 僧侶オリアス 竜使いオクシオーヌ 暗黒騎士オズ 騎士ラウアール ロデリック王 ロンウェー公爵 拘泥のスタノスカ 暗黒騎士ランスロット・タルタロス タムズ 白魔導士ヴェパール 嘆きのヴェルドレ 暗黒騎士ヴォラック ヴォルテール 騎士ザエボス 傭兵ザパン
オウガバトル64

冥煌騎士アマゼロト 流連騎士アリオーシュ 開明獣ビスク 明星のフレデリック 御竜氏フリアエ 南部将軍ゴデスラス 中央官吏ケリコフ 鳴弦士リーデル 殉教者ルーガルー 邪眼大公ミュルミュール 冥煌騎士プルフラス 竜心王リチャード 冥煌騎士タムズ 冥煌騎士ヴァプラ 中央騎士エウリノーム・レイド

タクティクスオウガ外伝
聖炎騎士オーソンヌ 人魚ベイレヴラ セルヴァン・メンダークス 教皇の手シビュラ 祭祀ユフィール 召喚士エルリック(エルリク) 海賊スタノスカ 白牙騎士ミューリン(ミュリン) 白牙騎士シトリ 白牙騎士ニッカール 悪鬼リモン 死の誘い人ミュカレー(ミュカレ) 聖なる悪魔ラウアール

 タクティクスオウガは大物もモブも敵将大集合という感じだが、雷神アロセールやハボリム先生にオリアス、オクシオーヌなども混じっている。メインキャラ以外はここから取ったということなのだろう。ザパンとかニバスは他では見たことがないので、なおのことこの本を参照した証拠といえる。また味方のはずのレオナールとロンウェーがいるのも示唆的だ。あとバルバス(マルバス)とマルティムは隣同士の項目で、ここでも仲がいいようだ。

 オウガバトル64は冥煌騎士が勢ぞろいしていて非常に美しい。ローディス人だけではなくゴデスラスやケリコフなどパラティヌスの悪いやつらも混じっている。フレデリックもいるが。タクティクスオウガ外伝も敵側に多い。まあ主人公も最終的には載ってるんだけど。マイナー作品であるオウガバトル外伝ゼノビアの皇子にはここからの引用は見当たらなかった。


 これだけ一致していればこの本がネタ元であるのは間違いないと言えそうだが、さらに証拠がある。それは本書特有の表記である。この本は元がフランス語である関係上、いくつかフランス語のカタカナ表記になっている。代表的なのがアロセールAlocerで、これは普通はアロケスと呼ばれているソロモン72柱の一体である。同様にムルムルがミュルミュールとか、ベルゼブブがベルゼビュートとか、フランス語にしかない表記がオウガバトルには使われている。他にフランス語の悪魔辞典がない限り、この本を参照したのは明らかだろう。何より著者のコラン・ド・プランシーも、デニムの父プランシー神父として登場しているのだ。本書の発売も1990年で、タクティクスオウガには間に合う。初代伝説のオウガバトルには参照した形跡がないが、この段階ではスタッフが未入手だったと思われる。

 ちなみに後の2作品、オウガバトル64とタクティクスオウガ外伝は松野泰己氏が関わっていないオウガバトルだが、それでもこの本からの引用が続いているということは、この本は松野氏と一緒に移籍しなかったということだろう。ある種オウガバトルサーガの魂でもあるので、ファンの方はぜひ入手することをおすすめする。


 今回のネタ元の発見から言えるのは、ちゃんとした世界観を作れる人は情報収集を欠かさないということだろう。同じような例では、初代ガンダムのア・バオア・クーはおそらくボルヘスの『幻獣辞典』を参照した結果だとかいろいろある。こうした幻想生物に関する資料は現在ではさらに豊富に存在するので、創作を志す人はできるだけこのようなアンテナを広げていってほしい。

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その他   2019/05/06   へほくん

徹底比較 3D対2D

 今回は、ゲームにおける3Dと2Dグラフィックの、それぞれの長所と短所を比較してみたいと思います。ここで何より示したいのは、3Dと2Dの両者にはそれなりの長所があり、決して2Dは3Dに比べて原始的だとか、劣っているというわけではないということです。

 筆者が重視する、ゲームを芸術作品としてとらえる視点では、何よりも取り除くべきは古いものが劣っていて、新しいものが優れているという考え方です。2D3D論争もまさにその一例として取り上げられやすいので、今回じっくりと考えてみることにします。

 

3Dゲームがいかに広まったか

 3Dと2Dを比較するにあたって、まずは3Dの登場について簡単に見ていこう。それまでにも3Dのゲームはぽつぽつあったが、第5世代ハードつまりPS、SS、N64の時代になると次々と3Dゲームが現れ、そのグラフィックは驚きをもって迎えられた。この状況を見るといかにも3Dが本質的に優れているから広まったように思えるが、実態は少し異なると考えている。この時期の革新的なゲーム、FF7やマリオ64やバーチャファイター(や個人的にはジャンピングフラッシュ)は、3Dの強みを最大限に活用したからこそ好評を博したのである。まずはFFを考えてみよう。大容量ディスクメディアになったためにムービーをたっぷり収録できたというのは別の要因なので除くと、6との最大の差は戦闘シーンであり、キャラクターがポリゴンモデルになったために滑らかに動くようになった点が大きい。それまで敵は戦闘中微動だにしないか、ユミールみたいに数パターンのアニメをする程度だったのが、過剰なまでに動き回るようになった。

 そして、3Dの強みを最大限生かせたのはやはりアクションゲームだろう。2Dと3Dの根本的な差は、後者が空間上に物を配置し、カメラで撮影するという描画方式になっている点にある。そしてこのカメラを動かすことにより、これまでほぼなかった(もちろん描画が2Dでもソルスティスのように3D空間は作れるが、カメラは動かせない)タイプのアクションゲームが生まれた。マリオ64のような箱庭型アクションが典型例であり、格闘ゲームであれば奥行きをつけることができた。このカメラの要素はRPGにも活かすことができ、各シーンでアングルを切り替えることにより映画的な映像が可能となり、見下ろし画面での単調なお芝居から脱却できたわけだ。

 しかし、あらゆるゲームが3Dの恩恵を存分に受けたわけではない。たとえばDQ7は、「マップ内でカメラを回せること」を最大の新要素としてウリにしており、確かにこれによって建物の裏などが探索できるようになったが、その要素がドラクエとしてどうしても必要かと言われればそうでもないだろう。一方で戦闘シーンは、多少視点が変わるものの味方キャラは表示されず敵は2Dという過渡期的な状態だった。戦闘が完全3Dとなるのは8からとなる。

 

3Dの長所:滑らかな動きと視点変更

 ここまででわかる3Dの長所をまとめてみよう。最大の長所は、3Dモデルを使った滑らかな動きが表現できることだろう。2Dドット絵でキャラを常時アニメーションさせるのは並大抵のことではないので(もちろんヘラクレス4やルドラなどそれをやったRPGもあるが)、このことは結果的に労力の削減にもつながる。

 もう一つの利点は、カメラを動かせることである。これにより空間が立体的に使えるようになるし、映像表現にも幅が生まれる。こうした長所はゲームの可能性を広げることに貢献し、その後のゲームを大いに発展させたといえるだろう。

 この2点は一言で言うならば、3Dは2Dよりも「リアル」だということである。これだけ聞くとだったらやっぱり3Dのほうがいいじゃないかと思うかもしれないが、芸術においては必ずしもリアルつまり現実に近いものが優れているとはいえない。実際に、PS時代の3Dブームにはその後ある程度歯止めがかけられるようになった。

 

3D化がうまくいかなかった例

 実例を挙げてみよう。たとえばカービィである。カービィ64と3DSのカービィを比較するならば、どちらも3Dだが昔の64のほうがよりカメラが動いている。これはつまり、カービィ64ではせっかく3Dを導入したということで視点を動かしてみたのだが、結局あまり意味はなかったのでその後固定カメラに戻ったということである。同じことが格ゲーにも言える。その後奥行きのある格ゲーとない格ゲーどちらが流行ったかと言われれば、答えは明らかだろう。これらの事例を見る限り、どうやら固定カメラであることの利点もそれなりに存在するようだ。それはおそらく、視点変更で見えにくくならない(対戦者双方の平等が必要な格ゲーでこれは大きいだろう)とか、移動できるところとそうでないところがわかりやすいなどだろう。

 さらに、現在に至るまでどうしても3Dと相性の悪いシリーズもある。それはスパロボである。DC版αやGC、NEOなど3Dスパロボもあるにはあるが、結局のところ定着しなかった。それは何より、スパロボが目指しているものがほとんどが2Dのアニメであり、3Dにする必然性がないというのもあるだろうが、それ以外にも、2Dでしか表現できないものがあるのだろう。これこそが3Dが「リアル」であることの弊害である。

 

3Dの短所:強調と省略が苦手

 3Dの短所、それは3Dが「リアル」であることそのものにある。リアルであるというのは、現実のルールに従わなければいけないということである。手を上げ下ろしするのも必ずすべての点を通らなければならず、2Dアニメのように「中抜き」で済ませられないのだ。そして同様に、漫画でおなじみの強調表現が3Dではできない。あえてパースを狂わすことで迫力を出す表現もそうだし、スピード感を出すために手足を複数描くことや、当たり前の流線ですら存在しない。もちろんこの問題点には気づかれていないわけではなく、漫画的な3D表現のゲームでは2つのモデルを重ねるなどして、そうした表現を可能としているものもある。

 どうにも対策しようがないのは、「省略したいものを省略できない」点である。RPGでは相手を殴ったら歩いて戻らないといけないし、次のポーズに一瞬で移ったら不自然になる。その結果として、全体的なテンポが遅くなり、「もっさり」するのである。この差は、元のDQ7と完全3Dとなったリメイク版を比べてみればわかるだろう。テンポ問題は「高速モード」を導入することによって対策が取られているものもあるが、単なる早回しと適切に省略された表現とでは、どうしても差は出てくる。

 「現実の法則から逃れられない」という短所は、物理エンジンの導入でさらに顕著になる。なにせこれ自体が世界を物理法則で縛るものであって、意図的に逸脱させない限りは一切の省略がなされないゆえにテンポ感は最悪となる。

 

3Dにする必然性があるかどうかが重要

 ここまで述べたところでわかるのは、3Dにするか2Dにするかは両者の強みをよく考えたうえで選択すべきことであって、無条件で3Dにすべきものではないということである。3Dにしかできない表現は多く、かつ3Dの欠点はある程度は対策することができる。問題なのは、特に必然性もなく3Dを選択しているゲームである。この類は、2Dゲームの3Dリメイクに一番よく見られる。2Dで最適化されたマップをそのまま使い回した場合は、たとえ視点が変えられても特に意味のあるものは見えず、まさにそれは必然性のない3Dとなる。同様にイベントシーンも、カメラやキャラの動きを特に工夫しないのであれば3Dの利点は消え、ただテンポが悪いだけの内容となる。この場合問題なのは、なんとなく3Dの方が優れているあるいは先進的と思ってそちらを選択したことと、その際に工夫を怠ったことである。3Dと2Dのどちらかが根本的に悪いわけではない。

 これは3Dにしないほうが良かった例なので、バランスを取るために3Dにしたほうがよいと思う例も挙げてみよう。真っ先に思い浮かぶのが、ポケモン不思議のダンジョンシリーズである。このシリーズはDSまでは2Dドット絵を採用しているが、これがとんでもない状況を招いていた。このシリーズに限らずローグライクは8方向に移動できるのだが、そのせいで縦横斜めの8種類のグラフィックが必要になるのだ。それぞれに攻撃モーションやダメージモーションを作ると手間は8倍で、おまけに時・闇・空の探検隊は第4世代までの500対近くのポケモンすべてがキャラとして登場するので、その作業量はすさまじいことになったはずである。この作品がその困難を根性で乗り越え、すべてにドット絵を用意したのは素晴らしいわけだが、さすがに3Dにして作業量を減らしても良かったのではと思えてくる。このように、細かいグラフィックの差分を用意できるのが3Dの強みといえる

 

まとめ

 ここまでの内容をまとめると、

  • 2Dに対する3Dの強みはモデルがあれば多彩かつ滑らかな表現ができる点と、カメラを自在に動かせる点
  • 3Dの欠点は実際以上の強調表現が苦手な点と、省略ができずテンポが悪くなる点
  • ただし、2Dも3Dも工夫次第で欠点は克服できる

ということである。ここで言う工夫とは、2Dの細かなモーションを表現できない点は大量にアニメパターンを用意することで克服でき、3Dの強調・省略の欠点は単なるリアルにせず、メリハリをつけることで対策できるということである。そのような工夫の凝らされたゲームなら2Dと3Dのどちらを選ぼうと素晴らしいわけだが、その欠点を理解しないままなんとなく使うと悪い点が前面に出てしまう。この点をよく考慮して、ゲーム内容に合わせたグラフィック表現を選んでもらいたいものである。

 

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その他   2019/04/07   へほくん

キャラゲーはなぜつまらないのか

 今回は、ファミコンのキャラゲーを徹底検証したデータを元に、キャラゲーはなぜつまらないものが多いのかについて考えてみようと思います。

 この内容は、ファミコンのキャラゲーの中でもっともヤバいものを決定する企画「ファミコンのキャラゲー最凶決定戦」を踏まえていますので、まずはそちらをご覧ください。

 前回は「面白いキャラゲーの条件とは」としてキャラゲーが面白くなる要因を探ってみましたが、今回はそうした面白いキャラゲーとも比較しながら、ダメなキャラゲーの特徴と原因について迫ってみます。

 まずはキャラゲーの定義から始めよう。前回と同様、「原作となる作品が存在するゲーム」をキャラゲーとみなすものとする。これだと芸能人・有名人が登場するゲームが省かれてしまうが、そちらもキャラゲーと呼ぶに値するものだろう。今回は決定戦に参戦する作品を絞るためにそれらは省いたが、それでも十分な分析ができるはずである。

 ただし気をつけてほしいのは、決定戦に出場した「ヤバいキャラゲー」はただのつまらないキャラゲーよりもインパクトにおいて勝るものであり、まったく同じ分類ではない。むしろ出場が叶わなかった次点のキャラゲーのほうがつまらないキャラゲーの特徴を備えているといえる。

 

キャラゲーの失敗要因の一般的な理解

 ウィキペディアには、「キャラクターゲーム」という項目が存在する。キャラゲーというのはしっかり確立された概念とは思わないので項目にできるのかと思うが、案の定「この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です」がついている。

ともかくここにもキャラゲーはつまらないという話も書いてあるのでその理由を見てみると、「ロイヤリティが開発費を圧迫する」「開発期間が短い」「中身が悪くても売れると思っている」「原作の内容に依存しすぎて知らない人が楽しめない」「原作のイメージを保つため内容が制限される」「原作を踏まえていない」などとある。最初の3つは開発側の事情の話だが、検証が困難な上に実際何の出典もないので、物言いがつくのも仕方ないことである。

これらの理由は何となく納得がいくが、今回の決定戦を踏まえるとここで見落とされている大きな理由がいくつかあることがわかってくる。それについて以下に述べていこう。

 

理由その1:そもそもゲーム会社が作ってない

 おそらく最大の理由はこれである。キャラゲーの失敗要因を知りたいのであれば、まずはそうしたゲームを出したメーカーを調べるべきだったのだ。以下にそれぞれ最強(面白いほう)と最凶(つまらないほう)決定戦のエントリーおよび次点作品のメーカーを集計した結果を載せよう(1本しかないメーカーは除く)。

graph1.jpg

 このグラフからわかるように、面白いほうはカプコンが筆頭で、バンダイ、バンプレスト、コナミと続くが、ヤバいほうは圧倒的なバンダイ率に加え、北斗の拳やもっともあぶない刑事を擁する東映動画タカラ東宝と並ぶ。この辺がヤバいキャラゲーの仕掛け人であることは間違いない。要するに、多くのつまらないキャラゲーはゲームメーカーでないところが作っていたのである。これはあくまで想像にすぎないが、「ゲーム」としてではなく「アニメ」や「おもちゃ」としてゲームを作っているメーカーからつまらないキャラゲーが生まれるのではないだろうか。

 メーカーについてもう少し細かく見てみると、そうした会社は自社ではゲームを作れないので、別の開発会社に外注することになる。バンダイの場合ほとんどがトーセと組んでおり、東映動画はショウエイシステムとマイクロニクス、タカラもやはりトーセである。外注が常に悪いわけではないが、面白いキャラゲーと比べても、その割合には明確な違いがある。

 とはいえ、おもちゃだから悪いとか、トーセが元凶だったとは一概には言えない部分もある。以下ではまた別の理由について考えてみよう。

 

理由その2:技術力の問題

 面白いキャラゲーとつまらないキャラゲーの間には、発売された時期の違いがあるように思われる。実際にそれぞれの発売年の平均を出してみると、最強は1988.8、最凶は1987.9となった。わずか1年の違いだが、全体としてつまらないキャラゲーのほうが面白いキャラゲーよりも初期に発売されているといえる。

 では早いと何が問題か。ファミコンのキャラゲーに限った話だが、次世代ハードと違って、ファミコンには前身ハードといえるものがほぼない。これは、どのメーカーも必然的に参入したばかりだということである。そうなると、技術もなければノウハウもない。ファミコンでのゲーム制作に慣れるのに数年の時間を要しただろう。その間にひどいゲームが出てくるのも仕方のないことかもしれない。

 そして、実際にファミコン後期にはキャラゲーの質は上がっていく。初期は散々だったバンダイとトーセのコンビも、1991年にはタルるートくんという良質なゲームを出している。その他、同時期にはいかにも子供だましっぽいサンリオのゲームも増えだすが、これが案外面白かったりする。まるっきり例外のキョロちゃんランドのようなアレもあるが。

 

理由その3:不適切なゲームジャンル

 時期の問題と関係してくるのが、キャラゲーのゲームジャンルの選択のまずさである。同じく2種類のグループのジャンルを集計してみよう。

graph2.jpg

 一見してわかるように、面白いほうのジャンルが多様なのに対し、つまらないほうは4種類しかなく、アクションの割合がとりわけ大きい。これがおそらくキャラゲーの内容に関係している。タッチやバツ&テリーの例が示す通り、明らかにアクションに向いていない原作までアクションゲームにした結果、原作との関連性がメタメタになった作品も多いからである。他方でアドベンチャーというのは結構な安全牌で、両決定戦には出てこなかったがおそ松くんや少年アシベ、ひょっこりひょうたん島などアドベンチャーにすることでバトルものでなくても原作の雰囲気を出しつつゲーム化に成功した例も結構ある。

 ではなぜ安易にアクションやRPGを選んでしまったか。1つは初期には前例も少なく、他に選択肢がなかったためであろう。もう1つはスーパーマリオブームとドラクエブームのせいである。86年ごろはマリオのせいでとにかくアクションだらけであり、その後RPGも増えだす。その両方に乗っかったのが北斗の拳である。

 アクションゲームにはもう一つ問題がある。キョロちゃんランド、うる星やつら、ソルブレイン。これらは別のゲームのキャラが差し替えられたものだが、どれもアクションだという共通点がある。これがアドベンチャーだったらストーリーも大きく影響を受けるのでそんなことできやしないわけで、キャラの差し替えが可能ということは、それだけキャラの存在感が薄いということでもある。やはりアクションのキャラゲーには限界があるのだ。

 総じて、原作にふさわしいゲームジャンル選びこそが、キャラゲーが面白くなるための必須要素だといえるだろう。キャプテン翼と大甲子園、スウィートホームはとりわけ、原作の魅力を最大限に発揮する独自のシステムを開発している。SFCの格ゲーじゃないほうの幽遊白書もそれに加えられるが、これらはそうした独自システムのおかげで、非キャラゲーにも真似できないレベルにまで達している。

 

理由その4:ファミコンブーム期の粗製乱造

 今の視点から見ると、86年ごろのファミコンブームはあまりにも異常だった。その結果どうなるかというと、中身が伴っていなくてもゲームが売れるのである。何せドラゴンボール神龍の謎とゲゲゲの鬼太郎妖怪大魔境が125万本だ(北斗の拳も150万本と言われているが、売上ランキングに見当たらないので間違いかもしれない)。

これはもはや、「頑張らなくても売れる」と思ってもおかしくないだろう。そして山ほどゲームが出ている中では、元から知名度のあるキャラゲーのほうが売れるという寸法である。この後ドラクエが新たな方向性を作らなかったら、本当にアタリショックが起きていたかもしれない。

ここから何となくわかるのは、質の悪いゲームも多様性があってはじめて生まれるものだということである。世の中からクソゲーがなくなった時、それはゲーム業界の終わりを意味しているのかもしれない。

 

まとめ

今回の内容を整理してみると、つまらないキャラゲーができるのは、

  1. ゲーム市場がバブル状態で、
  2. ゲーム会社じゃないメーカーがゲームを作り始め、
  3. 技術力が不足しており、
  4. 特に原作に合ったゲームジャンルを選ばなかった時

ということである。その知名度によるアドバンテージがある限り今後もキャラゲーは作られ続けるだろうが、メーカーにはこうした失敗例と前回挙げた面白いキャラゲーの条件を参考にして、ユーザーが楽しめるゲームを作ってほしいものである。

 

 

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その他   2019/02/09   へほくん

面白いキャラゲーの条件とは

 新年最初の記事は、一般に出来の悪い作品が多いとみなされている「キャラゲー」が面白くなるための条件とは何か、そしてキャラゲー特有の魅力とは何かについて考えていきたいと思います。この文章に先立って、「ファミコンのキャラゲー最強決定戦」で数々の面白いキャラゲーを対決させた結果、これらの疑問に対する答えもなんとなくわかってきたので、それを踏まえての内容です。

キャラゲーの定義の難しさ

 まずはキャラゲーとは何かを決めなければならない。上記のトーナメントでは、キャラゲーは「原作となる作品が存在するゲーム」と定義した。しかし定義というのはどんな場合も明確には切り分けられないもので、これだと小説を原作とする初代女神転生も入ってしまう。同じく原作小説のある西村京太郎ブルートレイン殺人事件なども一般のキャラゲーのイメージからは外れるだろう。また逆に所さんのまもるもせめるもやさんまの名探偵など芸能人・有名人が登場するゲームはキャラゲーっぽいが原作はない。だがこれを入れると戦国武将の出てくる信長の野望はどうなんだという話になる。

 この問題は「漫画・アニメ・映画を原作にしたゲーム」としてしまえば解決するように思われるが、そううまくはいかない。メディアの中で小説だけ排除するのはおかしいし、スクウェアのトムソーヤなどは小説が元なのかアニメなのか微妙である。さらにDSでよくあったテレビ番組を再現するものはキャラゲーではないのかとも思える。結局のところキャラゲーという言葉があいまいなのがいけないのだが、わかりやすさのためには使わないわけにはいかないので、やはりキャラゲーは「原作となる作品が存在するゲーム」、ただしイメージにそぐわないものあり、という形でやるしかないだろう。

 

面白いキャラゲーの基準は?

 最強決定戦では、上位に選ばれるべきキャラゲーの基準として、「原作を十分に踏まえていること」「ゲームとして面白いこと」を設定した。これに異論はないだろう。原作があるのだからできるだけ正確に参照していたほうがいいし、ゲームとして面白いというのは必須のことである。しかし、この両者のバランスどうするのが理想かはというと一概にはいえない。たとえばソルブレインはゲームとしてはとても面白い。しかしその実態は原作とは関係ないゲーム「シャッターハンド」のキャラを差し替えたものであり、主要キャラがほとんど登場しない上に、出てくる敵も原作を踏まえてはいない。その逆もまた同様である。AKIRAは映画のシーンの再現度はかなりのものだが、映画に沿った行動以外とることが許されないという極端なもので、ゲームとしてはちっとも面白くない。

 このように、面白いキャラゲーといっても千差万別なので、次に対戦の結果わかったことを踏まえて、もう少し細かくキャラゲーの魅力をタイプ別に分類してみよう。

 

キャラゲーの魅力3要素

 キャラゲーの魅力として挙げられるものには、どうやら以下の3つがあるのではないかと思う。

  1. 原作再現
    これは先ほど述べた通り、原作の世界観やストーリーを踏まえた上で、ゲームになっているという要素である。たとえばアクションのドラえもんであれば、舞台が大長編3作で、アイテムがひみつ道具になっている、などだ。普通のゲームの枠部分に原作を取り入れたとも言える。
  2. if
    原作再現にストーリーの自由度を加えたもので、「ここでこうしていたらどうなったんだろう」というプレイヤーの願いをかなえてくれるというゲームならではの要素だ。わかりやすい例は、原作で死亡するキャラがスパロボでは生存できた、などである。
  3. クロスオーバー
    クロスオーバーは複数の原作を混ぜ合わせて、単なる原作再現ではない独特の世界観を作り上げるというものである。スパロボは言うまでもなく、その前身といえるコンパチヒーローシリーズからすでにこの要素が登場し、オリジナル敵と戦ったりしている。

見ての通り、後の2要素にはどちらもスパロボがからんでいる。ゲームとしてはそこそこにもかかわらず第2次スパロボを敗退させ難かったのもこのためで、他のキャラゲーが原作再現、あるいは「ガワを原作通りにした普通のゲーム」に留まっている一方で、この2要素を発展させたスパロボの功績はあまりにも大きいと考えたためだ。

 

原作との関係性の3種類

 続いて、原作再現の度合いに従ってキャラゲーを分類してみよう。原作に忠実になものとそうでないもの以外に、別のパターンも存在している。

  1. 原作ストーリーに忠実型
    AKIRAをはじめとしてとにかくストーリーを再現することを考えたものである。しかしその結果ゲーム内容が犠牲になりやすいが、キャプテン翼のようにシステムがしっかりしていれば跳ね返せるものもある。
  2. 原作世界観+オリジナルストーリー型
    この代表はギガゾンビの逆襲である。単に原作ストーリーをなぞるだけではつまらないので、元の世界観を活かしつつ新しい冒険を作るものだ。というより大長編ドラえもん自体がまさにこの構造であり、ドラえもんの十八番といえる。
  3. ガワだけ借りた型
    言い方はひどいが、面白いキャラゲーにはこの種類が多い。特にカプコンが得意で、原作とは特に関係なく天下統一までいく天地を喰らうがよい例である。これなんかはむしろ、「グラフィックが本宮ひろ志の三国志RPG」と言ったほうが正しいくらいだ。アーケードの天地を喰らうも同じで、純粋に面白いゲーム+αという形になるので当然クオリティは満足いくものになる。

 

最強のキャラゲーメーカーは?

 カプコンの話が出たが、メーカー単位で考えてみるとどこが面白いキャラゲーが多いのだろうか。今回エントリーの16作品と、次点の18作品(ギャリバン除く)も加えてカウントしてみよう。

メーカー名 ベスト16 全体

カプコン

4

5

バンプレスト

1

5

バンダイ

2

4

コナミ

2

3

サン電子

1

2

タイトー

1

2

アスミック

0

2

ハドソン

1

1

パック・イン・ビデオ

1

1

エンジェル

1

1

エポック社

1

1

テクモ

1

1

HAL研究所

0

1

ビクター音楽産業

0

1

ビック東海

0

1

ポニーキャニオン

0

1

ナムコ

0

1

スクウェア

0

1

見ての通り、本戦エントリー作品の4分の1を占めるカプコンがトップ。左右の差が大きいバンダイ(エンジェルも系列なので+1)とバンプレストはキャラゲーの数自体が多いので、数撃ちゃ当たる感がある。次いでこの時期出すソフトにハズレ無しのコナミ。サンソフトが頑張っているのにも注目。ナムコが少ないのは意外だが、キャラゲーはこれとルパン三世、デビルマンくらいである。(さんまの名探偵とチャイルズクエストはともかく)

 大会の結果を見てもわかるように、少なくともこの時期の最強のキャラゲーメーカーはカプコンだと言って間違いないだろう。とにかくこの会社、適度に原作要素を出しつついいゲームを作るのがうまい。また原作となるタイトルの選び方もポイントで、決してヒット作ばかりではないことがわかるだろう。もしかしたら逆に、作りたいゲームにふさわしい原作を選んでいるのかもしれない。

これ以外にも、アーケードの天地を喰らうやエイリアンvsプレデター、パニッシャーにキャディラックスとカプコンのキャラゲー名作は山ほどある。しかしなまじ原作があるせいで、著作権の関係で移植されなかったりとデメリットもあるんだけど。

 

面白いキャラゲーの条件は?

 以上の分析を踏まえて、結論としてキャラゲーが面白くなるための五箇条を挙げてみよう。

  1. ストーリーの再現にこだわりすぎないこと。原作をただなぞるだけではゲームにする意味がない。if要素を入れるか、原作を踏まえたオリジナルストーリーにするべき。
  2. 複数の原作を混ぜ合わせて、まったく新しい世界を作ること。単なる原作再現ではない味わいが生まれるだろう。
  3. メジャーな原作に飛びつかないこと。むしろゲームに合った原作をチョイスするくらいがいい。
  4. 原作にふさわしいゲームシステムを考案すること。キャプテン翼がいい例で、戦略性を入れつつ、原作のビジュアルを堪能できるようになっている。
  5. (あるいは)単純に面白いゲームに原作のガワをかぶせること。相乗効果で人気も出るが、オリジナルと比べて不利な点も。

1-4はキャラゲー独特の良さが生まれるが、5に関しては普通のゲームにプラスされるものなのでちょっと特殊かもしれない。いずれにせよこうした要素がキャラゲーをより良くすることは間違いないだろう。キャラゲーの評判を落とさないためにも、こうした点を考慮してゲームを制作してほしいものである。

 

 

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その他   2019/01/20   へほくん

なぜゲームの乗り物は事故るのか:3つの理由

 ゲームでいやに多発する乗り物事故。それほど乗り物が事故る理由はなんなのでしょうか。今回は、RPG乗り物事故調査報告書で集めたデータをもとに、乗り物事故が起こる理由を考えてみました。その結果それっぽい理由が3つ見つかったので、多発する事故の謎の解明に近づけたんじゃないかと思います。

 先日の更新では、「RPG乗り物事故調査報告書」として、RPG内で乗り物が事故るケースをできるだけ集めてみた。ここで気付いたのが、事故が多いゲームと少ないゲームが対照的なことである。上記ページを見ていただければ一目瞭然だが、FFは明らかに多い。初期から存在するだけでなく、シリーズが進むと数もどんどん増えていく。定義から外れるので入れなかったが、FF9でも劇場船プリマビスタ撃墜や黒のワルツ3号によるカーゴシップ破壊など、乗り物が壊されるケースは依然として多い。これと対照的なのがドラクエである。戦車が壊されまくるスラもりはともかく、本家シリーズはどう頭をひねっても事例がほとんど出てこなかった。

 であれば当然気になるのは、乗り物が事故りやすいゲームとあまり事故らないゲームの差は何か、ということである。この点に関してはツイッター上でもいろいろな意見を聞いたが、今回調べていてある程度の結論に達したのでそれを解説してみよう。最終的には、なぜゲームで事故が起こるのかという理由も明らかになるはずである。

 

理由その1:事故りうるものが出るから(世界観の違い)

 最大にして誰も思い当たっていなかった理由がこれだ。つまり、事故れるものを出すから事故るということである。逆にすれば、事故りうるものが出ないから事故りようがないとも言える。

 この視点のヒントとなるのがバイオハザードである。バイオをはじめとするカプコンのアクションゲームで出てくるヘリコプターはやたら墜落するということが昔から言われている。このページでは実際に落ちたカプコンヘリがまとめられている。ここで考えてみたのが、なぜヘリなのか?ということだ。おそらくその答えは、出せる乗り物がヘリくらいしかないからである。バイオハザードやディノクライシスなどのパニックものはだいたい、孤島や人里離れた研究所、あるいは閉鎖された都市が舞台で、通常の乗り物は近づきづらい。かといって飛行機では着陸場所に困る。戦車は可能かもしれないが、何より主な用途である「脱出」に向いていない。他に考えられるのはオフロードタイプの自動車くらいであり、こちらも結構事故っている。また同時に、人間側の悪いやつらと戦う場合でも、ヘリはぴったりである。飛行機では、MGS2のようなハリアーでもない限り一箇所に留まっていられない。結局戦場にせよ町中にせよ、ヘリが一番汎用性が高いためよく出てくるのである。そしてよく出てくるものはよく落ちる。どうせ壊すなら、その場で炎上するだけの地上の乗り物より落下してたいてい爆発するヘリの方が絵になるというのもある。

 この話でわかるのは、なぜ事故るかを考える際には、そもそも事故りうる乗り物が存在しているかに注目すべきだということだ。それはどんな乗り物か。ここで当ページのトップに載せた事故統計を見てもらいたい。被害対象は上位から、船舶、航空機、宇宙船、自動車である。そしてドラクエを思い出してみよう。このうち、ほぼ船しか存在しないのだ。空飛ぶ乗り物はあるにはあるが、鳥やドラゴンや馬、気球や城や石など変わり種ばかりである。こういった乗り物は基本一品物なので、墜落して壊れたりしたら元に戻りそうにない。このドラクエの空の乗り物群を見ていくと、FFとの世界観の違いがわかるだろう。FFでSF要素が入ったのは6や7からだと思われがちだが、初代から超文明の飛空船が出てくるし、2からは基本通常技術で飛空艇が作られている。似たような剣と魔法の世界に見えて、ドラクエとは世界観がずいぶん違うのである。空には多数の飛空艇が飛んでおり、飛べば飛ぶだけ、今考えた概念である「可事故性」が高まる。FFとドラクエの差はこういうわけなのだ。もっと言えばおそらく、中世よりも現代のほうが、現代よりもSFのほうがというように、文明が進めば進むほど乗り物やコンピューターが増えて、事故が起こりやすくなる。事故は文明の発達の負の側面なのではないだろうか。

 しかし、ドラクエにも船は存在するし、ドラクエの船は事故らないがFFの船は事故る。どうやら、まだ見落としている要素があるようだ。

 

理由その2:すぐリカバーできないから(システムの違い)

 ゲーム、とりわけRPGの乗り物事故を比較する際に重要なのは、事故った結果としてどうなるかである。類型化してみると、乗り物を失う未知の場所に飛ばされるパーティーがばらばらになるなどが挙げられる。こうした事態が起こったとして、ドラクエだとどうなるか考えてみよう。どの場合でも、ルーラを使えばどうにかなってしまうのである。未知の場所からは帰ってこれるし、パーティーは基本離脱のないシステムだ。乗り物がなくなっても元の町には戻れるので、結局のところ修理や再入手の手間が増えるだけだ。となると、事故が起きても特に展開が変化しないということである。

 つまり、主にルーラとパーティーシステムのせいで事故への回復力が生まれ、その結果として事故が起こりづらくなっている。この点については、類似のシステムを導入しているゲーム、メタルマックスや桃太郎伝説、エストポリス伝記やブレスオブファイアなどでも同様だろう。これらの事故率をルーラなしのゲームと比較してみれば、顕著な差が出るだろうということは自信を持って言える。今になってわかったが、ルーラの存在は便利な半面、ストーリー展開が相当程度限定されるという危険な側面があるようだ。ゲーム開発の際には導入には慎重な検討が必要だろう。ともあれ、この理由をまとめれば「事故からの回復力」がない時に事故は起こるということである。

 

理由その3:事故る意味があるから(ストーリーの違い)

 これは理由その2と密接に関係しているが、事故った結果としてストーリーが変動する際にのみ、事故は起こるといえる。乗り物事故は、何らかの展開の変化をもたらしたくて起こすものなのである。サロニアのように行けるところを制限したり、FF4のようにパーティー人数を一旦減らしたり、火力船沈没のように新たな道を見つけたりといったことだ。マザー2のスカイウォーカーも、あれを使ってそのまま次の町に行けたら困るから壊れるのだろう。こうして行動を誘導する方法が、ドラクエではしばしば通用しない。それは主にルーラのせいだが、その影響でストーリーの性質も変わっているといえるだろう。つまり、「事故り甲斐」がある時に、事故は起こるのである。

 逆にストーリー上の事情が事故率を決定づける部分もある。それはストーリーの流れが「旅」かどうかである。多くのRPGは旅するものなので気づきにくいが、たとえばウィザードリィのような拠点とダンジョンを往復するものは横の移動がないせいで乗り物に乗りようがない。エレベーターくらいである。その他にも、拠点でクエストを受けてどこかに向かうようなゲームも、拠点がなくなったら困るのでまず事故らない。理由その1と似ているが、「乗り物に乗らなければ事故らない」のである。

 

コブラジョジョの謎、解明される

 ここまで理由を考えたことで、先日浮かび上がった謎への解答が得られたように思われた。それはSFCのジョジョの奇妙な冒険のRPG、通称コブラジョジョに関する話である。前提として、ジョジョの特に3部と5部は、やたらと事故が多いという事実がある。まるで乗り物に乗るのを待っているかのように敵が襲ってきて、最終的には飛行機が墜落する。事故が多い以上に、乗り物内での戦闘がとても多いのである。これはおそらく、荒木氏が乗り物内という環境をバトルに適したものとして効果的に使っているからではないかと考えられる。つまり狭い乗り物内で敵が襲ってくれば、大勢いる仲間は分断されるし、行動は制限されるし、乗り物内のギミックも活用できるというわけだ。その結果としてバトルがトリッキーで面白いものになっていることはわかるだろう。それ以外の理由としては、理由その1(現代が舞台だから)や理由その3(旅をするストーリーだから)も挙げられる。

 さて、翻ってSFCの3部ゲーである。話していてわかったが、本作ではあれだけ多かった乗り物事故がほとんどカットされている(ゼロかもしれない)。ストレングスは館がそうであり、グレーフライは飛行機じゃない場所にいて、エンプレスはなんかいない。これはなぜか。クソゲーだからという安易な結論で片付けてはいけない。答えは3・・・ではなく理由その2「漫画とゲームでシステムがまったく違うから」である。まず、先ほど挙げた乗り物内で戦う意味を思い出してみよう。パーティーの分断はありえるが、乗り物内という空間を生かしたバトルや、ギミックの使用は期待できそうにない。逆にゲーム方面から考えると、本作はストーリーの都合上引き返せない旅であり、乗り物を壊して利用を制限する意味もない。結局のところ、これは漫画とゲームの違いが生んだ差なのである。これがもしアクションゲームだったら、個性的な地形は意味を持ったかもしれない。実際にそれが活用されているのはPS2の5部ゲーである。

 これで謎は解けただろうか。おそらく、他の「原作と違う」現象も、こうしたゲームと他メディアの違いから生まれているものもあるのだろう。とはいえ、事故でストーリーを劇的にするという意味は依然として残っており、こればっかりはコブラジョジョのストーリーが悪いとしか言いようがないが。

 

まとめ:なぜゲームで事故は起こるかの3つの理由

 以上の話をまとめてみよう。ゲーム、特にRPGにおいては、次の3つの要素があればあるほど事故が起こるといえる。

  1. 可事故性 事故を起こしうる乗り物が世界に存在していること
  2. 事故への回復力のなさ 事故をリカバーする手段がシステム上ないこと
  3. 事故り甲斐 事故によって変化が起こるようなストーリー展開であること

ここまでわかれば事故の予防策もバッチリだろう。つまり世界観は航空機のない中世かそれ以前で、ルーラが使えて、強制的なストーリー展開のないクエスト受注型などのゲームなら事故は起こらない。これで警察署の交通課もニッコリである。

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その他   2018/12/09   へほくん

はじめました

ごあいさつ。

一介のゲーム好きのへほくんです。

ネット上での活動17年目にして、突如ブログを始めてみました。

サイトに書くほど大規模でもなく、ツイッターよりは長持ちしてほしい文章を書く場のためにここを用意しました。

入手した資料の紹介とかゲームに関する大雑把な話なんかがメインになると思います。

こちらに加えて、本家ゴッドバードツイッターでもそれぞれ情報発信しますので、今後ともごひいきに。

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その他   2018/06/23   へほくん