前回は、日本のゲーム研究の現状を知るために、日本デジタルゲーム学会が刊行している
学術雑誌『デジタルゲーム学研究』を読んでみて、その内容を紹介しました。
その結果、この雑誌ではゲーム自体の研究よりはゲーム開発状況の報告が多いことや、
近年になって発表される論文がどんどん減ってきていることがわかり、ゲーム研究の集成としては不満が残るものだと感じたのですが、
どうも調べているうちに、この学会では論文に比べて研究発表の数がかなり多く、そこでは活発に研究が行われていることがわかってきました。
そこで今回は、日本デジタルゲーム学会が開催した研究発表大会の内容を見て、
ゲーム研究の現状についてさらなる調査を行ってみました。
結果として、「ゲーム研究という分野には、こういうものがあるんだ」ということが簡単にわかるガイドになったのではないかと思います。
概要と調査対象
今回の調査では、日本デジタルゲーム学会がこれまで開催してきた年次大会と夏季研究発表大会の中から、発表の内容が詳細に記された予稿が存在するものを対象に行った。
日本デジタルゲーム学会の年次大会は2010年度から現在まで6回開催されているが、予稿集が存在するものは2010年度と2015年度だけである。その他の大会では、予稿の募集は行っていたようだが、刊行されたものにもウェブ上にも予稿集が見当たらなかった。
一方で、2012年度から毎年開催されている夏季研究発表大会については毎回予稿集がウェブ上にアップロードされている。
雑誌のほうの入手が困難だということもあり、日本のゲーム研究の現状を知るためには、この予稿集を参照するといいだろう。
これらの入手可能な予稿集からは、200超の研究発表の内容をうかがうことができた。これは前回調査した『デジタルゲーム学研究』収録の論文の3倍以上の数である。ただし研究発表がその後論文として収録される場合もあるので、いくつかの重複は存在する。
また、雑誌論文の場合は調査期間が2007-2016年なのに対し、今回は2010・2012-2016年となっており、より近年の研究動向を示していることも付け加えておきたい。
テーマごとの発表内容の分類
では、2つの研究発表大会でどのような発表が行われたのかということについて以下に紹介していきたい。
発表内容は多岐にわたっており、雑誌論文に比べてさらに多様性があった。
それらの発表を、前回と同様にテーマごとに分類してみよう。
前回に比べ総数が増え、多様性も増したために、いくつかの追加や分割されたテーマも存在する。
年次大会と夏季研究発表大会での発表の内容をいくつかのテーマに分けると、以下の通りとなる。
ゲーム開発報告・開発案
シリアスゲーム研究・開発
プレイヤー・ユーザー分析
ゲーム分析の理論
ゲーム制作論
ゲームプレイの測定
ゲーム史
ゲーム音楽研究
ゲーム業界・産業の研究
ゲームシナリオ論
ゲーム内容の分析
ゲーム保存・資料収集
ゲーム応用論
ゲームメディア分析
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これらは、大まかに確認できた数が多い順に並んでいる。またいくつかの数が少ないテーマは省いている。
それぞれのテーマについて、どのような研究なのかをなるべく例を挙げながら解説しよう。
- 「ゲーム開発報告・開発案」はゲームを制作している側が、開発中のゲームを報告する形の発表で、理系の発表では多く見られるものである。このゲームはこういうデザインで作りましたというゲーム自体の発表と、こういうところに工夫をすると面白い、プレイしやすいゲームが作れますというアイデアの発表との2種類ある。ただしゲームの開発報告の中でも、シリアスゲームに関するものは別項目とした。
- 「シリアスゲーム研究・開発」は学習や教育、医療目的での、何らかの効果を期待したゲームのことである。雑誌論文の際には既存のゲームの教育場面での利用や、実際に使ってみての効果測定の研究もあったが、発表においては開発したシリアスゲームの報告が主であった。
- 「プレイヤー・ユーザー分析」は一種のゲームエクスペリエンス研究で、ゲームをする人を対象とした研究のうち、測定的な方法を用いていないものをここに分類した。大まかに2つあって、一つはプレイ体験に関する研究で、どのようなゲームを面白いと思ったか、ゲームに飽きるのはどんな時かといった研究が見られた。もう一つはユーザーの購買行動やソフト選択に関する研究で、パッケージ版とダウンロード版どちらを買うのかや、ソーシャルゲームをやる人は携帯型ゲームをプレイする頻度が減るかなどの研究があった。どちらのタイプも、ゲームをプレイする人へのアンケート調査が主な研究手法となっている。
- 「ゲーム分析の理論」はいわゆるゲーム論に関するもので、ゲームをより適切に分析するためにはどうすればよいかということに関する考察を主とする。また難易度や面白さなどの要素の評価の方法についての理論もここに含まれる。
- 「ゲーム制作論」はゲーム開発者や組織のために、より良いゲーム開発のための環境を整えることを目的とした研究である。技術的アイデアの提案と違うのは、ゲーム開発者の教育や組織に焦点が当てられているところである。
- 「ゲームプレイの測定」はユーザーを対象にした研究のうち、生理的変化や感情の変化の記録など、実際にゲームをプレイしてもらってその際に起こることを測定した心理学的研究のことである。
- 「ゲーム史」は見ての通り、過去に遡った歴史的研究がここに分類される。その中には、パソコンゲームやインディーズゲームなど特定の領域の変遷を追うものや、革新的なゲームの登場以後に、それに影響を受けたゲームがどれほど登場したのかといった研究も存在した。
- 「ゲーム音楽研究」はゲーム自体を対象とした研究のうち、ゲーム内のサウンドに焦点を当てた研究のことを指している。楽曲の構造分析やゲーム音楽の領域自体の調査など、さまざまな研究が見られた。
- 「ゲーム業界・産業の研究」はゲーム業界の状況について調査したもので、マーケティングや経営といった経済的側面に着目したものが多く含まれる。また今回は、e-sportsの領域の構築を目指したものもいくつか見られた。
- 「ゲームシナリオ論」はゲームの文学的側面を扱う研究で、ストーリーの構成や物語的構造の解明についての理論が多かった。またシナリオやストーリーという用語よりは、「ナラティブ」という表現が多用されていた。
- 「ゲーム内容の分析」はゲームそのものを対象とした研究のうち、音楽やシナリオ以外の側面を扱ったものである。そのため、演出やデザインの分析がここに含まれ、このゲームではこのような工夫を凝らすことによってより良いものとなっているという、「ゲームの面白さの解明」のような研究が見られた。
- 「ゲーム保存・資料収集」はゲームの保存を目的としたアーカイブ化に関する実践の報告で、立命館大学が行っているゲームアーカイブプロジェクトに関するものが中心である。
- 「ゲーム応用論」はゲーム的な要素や発想を、ゲームの外の事象に役立てようというもので、主に「ゲーミフィケーション」という用語の下で行われている。2014年夏季大会の発表の一つによるとこの語は、「ゲーム的思考やゲーム要素を問題解決やユーザーとの関係づくりのために活用すること」を指している。具体的には、大学の授業に「経験値」を導入して、学生に成長を実感してもらおうとする研究などが挙げられる。
- 「ゲームメディア分析」はゲームについての情報を伝達する雑誌や攻略本についての研究である。ゲーム雑誌における記事の変化を扱ったものや、のネット上でのウェブサイトやWikiに関する研究も見られた。
これらの研究テーマは、その対象に従って5種類に分類できると考えられる。すなわちゲーム開発、ゲーム業界、個々のゲーム、ユーザー、メディアである。この5つの下に、上記のテーマをさらに振り分けてみると以下のようになる。
ゲーム開発 | ゲーム業界 | 個々のゲーム | ユーザー | メディア |
ゲーム開発報告・開発案 シリアスゲーム研究・開発 ゲーム制作論 | ゲーム史 ゲーム業界・産業の研究 | ゲーム分析の理論 音楽研究 シナリオ論 内容の分析
| プレイヤー・ユーザー分析 ゲームプレイの測定 | ゲームメディア分析 |
このうち、一番左の項目、ゲーム開発に関するものは研究よりも実践が主なので、扱いを別にすべきであろう。また、「ゲーム保存・資料収集」と「ゲーム応用論」はこの中では特殊なので、こうした区分には当てはまらなかった。
ゲーム研究発表の傾向
次に、これらの研究発表の傾向について、雑誌論文の内容と比較しながら分析してみよう。
数量から見ると、雑誌論文の場合と同様に、ゲーム開発の実践に関する発表が最も多い。シリアスゲームの開発と合わせると、全体の40%ほどがこの内容である。ここから、日本デジタルゲーム学会の研究発表大会は、ゲーム制作者の活動や交流の場として十全に機能しているといえるだろう。
次いで多いのが、雑誌論文では見られなかったプレイヤーやユーザーに焦点を当てた研究である。これは近年増えているということかもしれないし、単に雑誌に掲載するには至らなかったのかもしれない。
また、ゲーム音楽やシナリオ、その他ゲーム自体の分析に関する研究も研究発表ではかなり増えている。その中でも音楽の割合が一番多いのは特筆すべきだが、個々のゲームの研究もそれなりに盛んだといえる。
さらに、ゲームをその他の問題解決に応用しようという研究が増えているのも興味深い。ゲーミフィケーションというのは近年の流行語らしいが、その実践例はどれも面白く、さらなる可能性を秘めている分野だと思われる。
一方で、研究発表で見られなかったものについても考察してみよう。まずは、雑誌論文にはそれなりの数が見られた、ゲームの効能ないし悪影響に関する研究である。これは1件しか見当たらなかった。これについては時代の変化ともみなせるが、ゲームの影響を議論するよりは、実際に良い影響を及ぼすゲーム(シリアスゲーム)を作ってゲームの良さを示そうという方向に趨勢がシフトしていったのかもしれない。
また、個々のゲームの分析の中には、当然含まれてしかるべきなゲームのビジュアル面に関する研究が欠けていた。これは映画論や芸術学からの応用可能性が考えられるが、それらの方面からの研究が不足しているということなのだろう。
加えて、国内外のゲーム研究の状況の把握ということに関しても、発表レベルでもほぼ見当たらなかった。ただし2015年度の年次大会において、ゲーム領域の研究マッピングプロジェクトというものが行われていることが報告されており、ここではゲーム研究のための文献リストの作成が計画されている。完了はまだ先のようだが、このプロジェクトの成果に期待したい。
ゲーム研究の現状のまとめ
最後に、これまでわかったことを踏まえて、ゲーム研究という領域全体の現状についてまとめてみたい。
すでに述べたように、雑誌論文に比べて研究発表は内容にかなり幅があるために、それらを概観することによって、「ゲーム研究」というものの全体像を把握することができるように思われる。
前述の研究テーマの分類をもとに、ゲーム研究にはどのような内容があるのかということを整理してみよう。
ゲーム研究が扱うテーマ一覧 |
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基礎研究 | ゲーム業界 | 個々のゲーム | ユーザー | メディア |
先行研究の調査 ゲーム保存・資料収集 開発者等へのインタビュー | ゲーム史 メーカー研究 スタッフ研究 マーケティング研究 | ゲーム分析理論 音楽研究 グラフィック研究 シナリオ論 その他ゲーム分析 プレイング研究 | ゲーム体験研究 ゲームへの接し方・購買行動の研究 ゲームプレイの測定 | ゲーム雑誌・攻略本・書籍 ウェブサイト・動画サイト における宣伝・攻略・評価の研究 |
この図は、ゲーム研究として可能と思われるアプローチを対象別に分類したもので、上に提示したものの修正版である。
いくつかは名称を変更したほか、研究発表に見られなかった内容も独自に追加している。また実践的なゲーム開発に関するものはここでは省いている。
追加したものは主にこれまでネット上で独自研究として見られたもので、その内容を解説すると、「メーカー・スタッフ研究」はゲーム制作会社の変遷や、個々のゲームを誰が開発したのかということを追った研究である。「プレイング研究」というのはユーザーによる特定のゲームに対する独特のプレイ方法の探求に関するもので、制限プレイやバグ発見などの状況を扱ったものである。これらは十分研究に値するものであると思われる。
これらが、現存するまたは考えうる限りのゲーム研究に関するアプローチの一覧である。この分類は研究手法よりも研究対象に焦点を合わせたものだが、研究対象が決まればある程度手法も絞られてくると思われる。