神話・宗教とゲームの関わり方の5類型

Gayaline

今回は、 特定の神話・宗教の世界観が濃厚なゲームについてツイッター上で尋ねた結果をもとに、ゲームの中に神話・宗教がどのように登場するかということを、5つのパターンに分類して考えていきます。


 これまでに、「ゲームの中の神話 分析リスト」において一般的なゲームにどのくらい世界の神話の要素が登場するかを調べたが、次に特定の神話の要素が強いゲームというのも探してみようと思い、ツイッターで尋ねた。その結果多数の回答が得られ、大いに情報が集まったわけだが、その結果をまとめたものが以下である。

特定の神話の世界観が濃厚なゲームについて

 寄せられたゲームタイトルはどれも各神話の要素が多数登場するものだが、その内容を検討しているうちに、その要素の登場の仕方は1つではなく、いくつかの類型に分けた方がいいことがわかった。これは特にキリスト教に顕著で、キリスト教のゲームにおける言及のされ方はかなり複雑である。この分類は同時にその神話の濃度というか、関わりの強さの度合いも示しているので、以下にその類型を具体例を交えながら説明してみよう。

1. その神話・宗教の世界観が中心になっているもの

 この類型が、最も神話的要素の濃厚なゲームだといえる。ここに分類したものは主に、

  • 1つの神話・宗教の世界観を再現し、その中で物語が展開されるもの

  • その神話・宗教の世界観からの逸脱やオリジナル要素が少ないもの

という条件を満たしているものである。たとえばヘラクレスの栄光シリーズであれば古代ギリシャが舞台で、ギリシャの神々が登場するなど、ギリシャ神話の内部の物語として違和感のないものになっている。また宗教の場合でも、妖怪道中記は地獄に落ちた主人公が地獄めぐりをし、そこでの行動によって天界に行くか人間界に行くか地獄行きかが決まるなど、六道輪廻の概念を再現したものとなっている。

 このように、当該パターンはその神話のキャラクターや世界観の登場によって定義づけることができるが、ユダヤ・キリスト教の場合は少々厄介となる。というのも、いざ見てみるとユダヤ・キリスト教の標準的な世界観を反映したゲームというのはほとんどないし、キャラクターつまり天使や使徒のみが登場する作品も見当たらないからだ。どうにか発見したのが、エルシャダイである。本作はエノク書をモチーフにし、神が地上を洪水で滅ぼすという計画を立てている状況で、イーノック(エノク)が堕天した天使を捕らえて地上の問題を解決し、洪水計画を思いとどまらせるというプロットになっている。エノク書は偽典(正典とは認められていないもの)とはいえ、正典の内容と矛盾するものはおそらくなく、むしろ正典にさらに付け加えるようなものとなっている。これ以上の正統性を望むのは難しく、ダンテズ・インフェルノは聖書ではなくそこから派生した『神曲』がモチーフだし、The Binding of Isaacは全面的にキリスト教の世界観だが、それをベースにした「悪夢」とでも言えるものとなっている。

 なお、今回は日本国内発売のゲームのみ対象にしたので扱わなかったが、海外では宗教ベースのゲームの研究はすでに行われており、「Religiousgames.org」で公開されている。これを見ると、アメリカを中心とした海外には1000近くのキリスト教ゲームが存在していることがわかるが、多くは聖書学習ゲームなど純粋な教化目的のものである。

 ユダヤ・キリスト教がここまでややこしいのは、神話と宗教の違いに起因することでもある。ここでは混ぜて扱っているが、両者の違いの一つは現在も存続しているかどうかである。言い方を変えれば、宗教が信仰されなくなって物語だけが残されているのが神話といえる(北欧の神々への信仰を復活させたネオペイガニズムなど例外はある)。そして、現在存続している宗教には信者がおり、「正統」かどうかを決定する勢力も存在するので、そういった正統性の保持者がいないギリシャ神話などの場合に比べて「正しいキリスト教の世界観かどうか」というのはより厳しい目が向けられる。こうしたことはキリスト教に限らず、同じく存続しているヒンドゥー教の場合にも、神々を納得のいく形で扱っていないゲームには現に批判が寄せられたりもする

 そうしたこともあり、このカテゴリーには特定の宗教・神話の世界観を「正しく(少なくとも文句の来ない形で)」扱っているゲームを収めるのが適切だといえるだろう。

2. 重要な概念・キャラクターをモチーフとして取り入れているもの

 第2の類型は、第1のものに比べれば神話・宗教の関わりは薄いが、それでもその要素が十分中心的だといえるものである。このパターンは主に次の条件を満たしている作品が該当する。

  • 世界観はオリジナル要素が強いか、現代など通常世界だが、

  • 特定の神話・宗教から多くのキャラクターが登場する、あるいは特定の神話・宗教の概念を重要なテーマとして取り入れており、モチーフにしていると判断できるもの

となる。例を挙げて説明すると、ルドラの秘宝は独特の世界観だが、タイトルにもなっているルドラやミトラが主要キャラクターとして登場し、ルドラは「破壊神」、ミトラは「秩序の神(四勇者)」という性格であるなど神話を踏まえており、他にも20以上のキャラクターがインド由来で、明確なモチーフにしているといえる。またこれは情報提供によるものだが、フラワーナイトガールは「国家位置が9つの世界に対応、地下深くにユグドラシルにあたる根源の世界花が存在する、大型敵の名前がニーズヘッグやミドガルズオルムの古北欧語読み、登場する賢者の名前、巨人の存在、フヴァルゲルミルやフィヨルムなど地名の流用、名前の古ノルド語での意味がゲーム内の動きになってる」ということで、ヴァルキリープロファイルのような明確な北欧神話世界ではないものの、ベースにしていることがわかる。

 問題のユダヤ・キリスト教についてもこの水準ではさらに多くのゲームが該当し、女神異聞録デビルサバイバーは旧約聖書のアベルとカインの物語がメインテーマとして据えられており、メタトロンなどの天使も主要キャラクターとして登場する。またゼノギアスなどは、聖書あるいはカバラー由来のワードや登場人物が多数散りばめられており、影響を受けたことは明白である。

3. その宗教・神話が存在する時代を舞台にしたもの

 その他、主にユダヤ・キリスト教として寄せられた情報の中には、別のパターンもあることがわかった。このカテゴリーは、

  • 特定の宗教・神話が存在する時代を舞台にした歴史的物語であり、
  • それらの宗教・神話は必然的に登場するが、必ずしもそれらにフォーカスしたわけではない

という作品が該当する。典型例は悪魔城ドラキュラシリーズだ。こちらは吸血鬼伝説がベースで、特定の時代を舞台にしているためにキリスト教的要素は登場するが、それがメインではない。またアサシンクリードシリーズも、基本的にはこうした歴史的物語とみなせるだろう。

 このパターンのポイントは歴史の中の物語というところで、ある時代や場所を再現しているゆえにそこでの宗教は登場するが、歴史的ゆえにファンタジー性は薄く、神々が直接登場することはまずない。対象をさらに広げるとシヴィライゼーションのような歴史シミュレーションも入ってしまうので、この分類に該当するものは「特定の神話・宗教の要素が強いゲーム」とはみなさないのが適当だと思われる。

4. その神話・宗教を模倣したものが登場する作品

 3と同様に、こちらも特定要素が強いかどうか微妙なものである。その内容は、

  • 明らかに何らかの神話・宗教を模倣してはいるものの、似て非なる神話・宗教が登場するゲーム

と規定している。わかりやすいのがドラクエシリーズで、街中にある教会は十字架を立てており、神父がいるなど明らかにキリスト教的だが、決してキリスト教とは言われていない(十字架は海外版では修正されている)。またパルテナの鏡も、神殿の造りなど見るからにギリシャ的だが、女神はアテナではなくパルテナで、天上にある世界も天使のいるエンジェランドというオリジナルのものである。

 より手の込んだ例としては、ファイナルファンタジータクティクスのグレバドス教は、神の子とされる始祖アジョラが処刑される、十三使徒や異端審問官が存在するなどキリスト教ベースであり、なおかつユダにあたるゲルモニークが記したゲルモニーク聖典では驚きの真実が語られるなど、さらに一ひねり加えている。同様のキリスト教の模倣宗教はオウガバトルのローディス教やベイグラントストーリーのヨクス教も該当するが、すべてに関わっている松野氏がこうした手法を好んでいたものと思われる。

 このパターンも、神話・宗教からの何らかの影響は見出せるが、関わり方は間接的なものに留まるといえる。宗教の模倣を行うのは、一つはファンタジー世界に実在の宗教が登場するのが違和感があるからだろうが、もう一つには何らかのスキャンダラスな内容を盛り込むためであるとも考えられる。つまりそのままキリスト教として登場させたのでは角が立つので、類似の宗教を用いるというわけで、グレバドス教、ローディス教、ヨクス教のすべてにそうした意外な真実あるいは悪の側面が含まれている。この点から言っても、「正しい」世界観の反映ではないとみなせる。

5. 批判的に価値観を逆転させているもの

 最後に挙げるのもまた関わりが間接的なもので、内容としては4に近い。すなわち、

  • 一見して特定の神話・宗教の世界観にそのまま基づいているが、
  • その世界観に大きな欺瞞が存在し、悪として描写されているもの

である。これはつまり、グレバドス教のパターンを実在の宗教で行ったものといえる。わかりやすいのが真・女神転生2で、本作はユダヤ・キリスト教の神と天使たちが支配する世界が舞台で、一見して理想的な社会に見えるが、そこには大きな問題が存在することが暴かれていくというストーリーで、最終的にはその神そのものと対決することになる(ただしこの世界の構築自体は唯一神の意志ではなく、大天使の暴走によるものだとされている)。

 この場合、世界観に忠実であるゆえにより議論を呼ぶものになっている。つまり神や天使は自らの理念に従って行動しているが、その理念の徹底を「悪」として描いているからである。そのためこのケースは、明確な宗教批判の作品だといえる。実際、本作の制作スタッフのインタビューでは、「『真・女神転生』のストーリーの流れとしては、神や悪魔一方だけのストーリーではなく、そのどちらでもないところにいかなきゃいけないんだよ、っていうのが基本コンセプトとしてある(『真・女神転生II悪魔大事典』p.131)」と、ニュートラルの立場が標準的なものとして示されていることが語られている。

  キリスト教以外を対象にしたゲームはなかなか少ないが、ギリシャの神々に対して哲学者が反旗を翻すOkhlosもこれに該当するように思われる。このパターンすなわち「宗教批判のゲーム」は詳しく探究する価値があるものだろう。というのもそこには文化批判的な意義が見出せるので、たとえば日本的な神々や仏教を対象にしたものが存在するならば、なかなか面白いメッセージを発している作品になるはずだ。同時に宗教批判というのは何らかの宗教観を反映したものにもなりやすい。真・女神転生2の場合には、東洋の神々対ユダヤ・キリスト教の神という構図も存在しており、一方を批判することはもう一方を支持することにもなると言えるのだ。こうした理由から、反宗教・神話的なゲームというのも見落とすべきではないだろう。

まとめ

 このように、ゲームと神話・宗教の関わり方には5つの類型が存在することがわかった。その内訳は、

  1. その神話・宗教の世界観が中心になっているもの
  2. 重要な概念・キャラクターをモチーフとして取り入れているもの
  3. その宗教・神話が存在する時代を舞台にしたもの
  4. その神話・宗教を模倣したものが登場する作品
  5. 批判的に価値観を逆転させているもの

であり、いずれも何らかの形で神話・宗教の影響を受けているが、「特定の神話の要素が強いゲーム」としては1と2のみをそう呼ぶのが妥当だというのが結論である。

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