一般呪文学講義 後編


一般呪文学講義の後編である。
前回の三つの法則はわかっていただけたかと思う。
一応挙げておくと、
@言語は文化と共に変化するもの
A「呪文はファンタジー世界の鏡だ!」
B呪文の発話の際の意味理解の必要性
ということだ。では、それを踏まえて各種呪文を分類してみよう。

分類するにあたって、呪文を構成する重要なパラメーターは何だか、もうわかるだろう。
それは「読む人が意味を理解できるか」だ。
もし読む人が理解できる言語で呪文が作られていれば、それはこの世の呪文としてまっとうなものだし、意味不明なら・・・法則@により・・・その呪文を使う世界はよっぽど現実離れしている、ということになる。
パラメーターごとに考えよう。まったく、意味の通じるものは「異国情緒」がないので、ほとんど存在しない。「火の玉」とか「傷の治癒」とか言う名の呪文はまず見ないだろう。
しかし詠唱の時点ではなぜか・・・すべてこれになる。この点法則Bにかなっている。
「ファイアーボールよ現れて敵をクリティカルせよ」なんてのはないわけだ。
次の段階、ちょっと身近でないもの、これには英語の呪文が相当し、現在大多数を占めている。 しかし、考慮に入れなくてはいけないのは、日本人にとっての英語と、アメリカ人にとっての英語は全く違うものだということだ。
向こうは向こうで語彙が全然違うわけで、同じ「ファイアー」にしても語の持つ響き、それから連想する言葉の差異は大きい。そもそもファイアーと書き表し日本語の中で使う時点でそれは日本語として位置を占めているのだ。
と、言うことは、本来なら英語圏で開発された呪文は日本に持ちこむにあたって翻訳しないと、「薄く」なってしまうのである。法則Bに従えば、「ニュークリアブラスト」は本家の「Nuclear Blast」に魔法の効力の時点で劣るということだ。

三番目の段階は、日本語の響きをもとに創作された呪文である。これが一番重要なのだ。代表例はやはりドラゴンクエストだろう。
レベル3+と言えるのが、「外国産の、自国語を変形した呪文」である。つまりその言語を知らなければ、まったく不可解なものに聞こえるわけで、ここがレベル4と混同してややこしいところである。ハリー・ポッターの呪文がそんな風に思えるし、ウィザードリィもやはりここだろう。
最後のレベル4。わかると思うが、「誰も類推できないような独自の言語で書かれる呪文」である。
オリジナルといえどもさすがに文法的ルールがないものはまずない。つまり「アギ」に「ラオ」がつくと強化、「マハ」がつくと範囲拡大、両方がついたものが「マハラギオン」のように。
これらのパターンを読み取ることに言語研究のような楽しみがある。

これらの段階をそれぞれレベル1〜4としよう。本来の呪文としての効力はレベル1の方が強力である。その点、英語の世界においての英語の魔法は自然なもので、それを否定はしない。 しかし日本人にとっての英語、中世魔術師にとってのラテン・ヘブライ語に相当するレベル2はいささか猿真似気味で、翻訳する勇気を持ってほしい。
レベル3、主要言語を元にした創造などそう簡単にできるのかと疑問に思うかもしれないが、何のことはない、日本語の場合ちょうどいいものがある。漢字だ。
斬。斬る。裂。裂ける。破。破裂する。熱。熱い。必殺。確実に殺す。降魔。悪魔を降伏(調伏)する。
これらの文字は、一、二文字でイメージを表すことができる。あとは好きに組み合わせればいい。海外の作品で行われていることも、結局はこのようなことである。

このレベル3または4の呪文を作るには多少なりとも創作活動が必要で、それが世界の独自性を作り、その言葉は濃密な空間、つまり「ザラキ」と言っただけで一部の人だけが楽しめるようなオタク的な空間、を作りあげる。
しかし今やこのレベルの呪文は失われ、日本のゲームの呪文は英語圏の影響力の強さを示すかのように示し合わせたように英語である。
そもそもどうやってレベル3以上の呪文というものが発生したのか?この問いに対して筆者は、そこには「制約」があったためだと答える。
まず絶対に外すことのできないウィザードリィの呪文を見てみよう。

・ウィザードリィの呪文
初期のウィザードリィをやって最初に思うことは、呪文の意味がわからず覚えづらいということだろう。
デュマピックが場所を知るでマゾピックが透明化とはどういうことだ。ラツマピックが識別でラツモフィスが解毒とは。わかりづらいじゃないか。
このレベル3+の状態が結局仲間内でのみ通じる会話を可能にし、マニア空間の形成を助けるのだが、そこには文字数の都合という問題がある。
やはり呪文となると自由に英語を組み合わせたいが、初期のゲームにはそれすら制限がある。 そこで、その「要請」に答えるために彼らは、ある短い文字に意味を集約し、それを加えて呪文の効果を表すことを思いついた。レベル3魔法の誕生である。
それらはトゥルー・ワードと呼ばれ(後付け設定の説が濃厚だがその法則が存在することは間違いない。)、完全に創作ならレベル4に値するのだが、イギリスの周囲の言葉をある程度借用しているらしい。
それゆえこの「短縮化された呪文」の形はゲームに特有の存在である。この類のものはだいたい何でもダラダラと長くしたがるものだが、コンピューターという厳密で(当時は)低能な機械がそれを要請し、結果としてこれが生まれたのだ。

・ドラゴンクエストの呪文
それを受けて、日本にもこの「短縮化された呪文」をそのまま持ちこまず、ちゃんと日本語にアレンジした、レベル3の形で使用したドラクエの功績はとても大きい。
当時、明らかにWizにはまっていた中村光一や堀井雄二はそのいいところを抽出(つまり、上等なパクリ)して、ドラクエに採用した。
その際「親しみやすさ」を何よりも重視した彼らは、この魔法体系の秘密を見事に見抜いて日本語で再構成したのである。
彼らの手法はさらに手が込んでいた。まず日本語により直感で意味を想像できるものにした。 メラメラ燃えるから「メラ」、ヒヤっとするから「ヒャド」魔法をカンと跳ね返すから「マホカンタ」など、これらの類推は公式見解として明かされたものではないが、逆に誰でも予想できるからこそ、わかりやすいのである。
そして強化の接頭語も何パターンも用意した。「ギラ」を「ベギラマ」と前後に語を加える方法には舌を巻くばかりである。
みんなで協力するから「ミナデイン」など、英語に比べるとダサい感じはするが、言葉の想像性に関しては素晴らしい限りである。
しかし、この言葉のワンダーランドも代を重ねるにつれて、次第に亀裂が入っていく。目に見えて英語が侵食してくる。
これはコンピューターの発展に伴う現象で、無理もない話だ。Wizでさえトゥルーワードを捨ててしまったくらいである。
「マジックバリア」の違和感に気付かなかっただろうか?「グランドクロス」だと?もうダメだ。呪文のないドラクエはドラクエではない。違う世界の物語だ。

・ファイナルファンタジーの呪文
ドラクエに比べてFFの行った想像的貢献は少ないといえる。むしろ、彼らはたまたまラッキーでレベル3呪文を手にした。
そのラッキーの元は再び「要請」である。まずコンピューターから指示が来た。「呪文は4文字まで。」
それを受けて英語で呪文を作りたかった彼らは考えた。「ファイアー」は「ファイア」「ブリザード」は「ブリザド」に縮められるとして、強化の接頭辞をどうするか。
その挙句思いついたのが語尾を変化させて強化の接頭辞だということにする方法だ。「ファイラ」「ファイガ」ができた。
少なくともイージータイプがわかりやすくするために行ったやり方、「ファイ2」「ファイ3」などとするよりはずっと文学的だろう。
ちなみに、海外版はこの方法だと聞く。翻訳の際にそこを考慮しなかったようだ。海外の人達は、よくそんな呪文で面白いだなんて思えるものだ。
そして以後、彼らは4文字で統一すると美しいということに気付いたらしく、その姿勢を保持する。この点は特筆すべきところだ。
筆者の私見では3における召喚魔法、「ハイパ」「カタスト」「リバイア」「バハムル」はなかなか素敵な短縮だと思う。
逆に言えば4文字の魔法は日本ではFFの専売特許のようなものになってしまい、他のゲームを抑えこんでしまった感がある。

そうして制約と二大勢力の支配下の中、後続のゲームは方法を模索しつづけた。ある者は巧妙にパクり、ある者は暴走した。あるものは頑固にも制約に文句をつけた。それぞれ例を挙げよう。

・ヘラクレスの栄光、エストポリス伝記の呪文
これは、ドラクエ式日本語呪文のグループである。どちらも、不思議な語感が印象的だ。
前者で言えば、「アクア」「アクアル」「アクアルム」(水系呪文)などスタンダードなものがあるかと思えば、「ヒデール」(天気を晴れにする)「タクストン」(自分の能力を仲間に託す)といった、ふざけているのか簡明さなのかよくわからないものがある。「リ・アクア」(水系を防御)といった間を利用したものも面白い。
後者はその素晴らしい語の活用に一日の長がある。
炎系魔法が「フ・レイ」「フ・レア」「フ・レイア」である。そうきたかって感じだ。
他にも「ディフ」は明らかに防御系魔法だが、それが強くなると「ディレクト」などという不規則変化も組みこむ。
何かもう、唱えているだけで楽しいという点ですでに魔法である。
「女神転生」シリーズの呪文もこれに次ぐもので、なんとなく意味を感じ取ることができる。(どうやらこれらはマントラに語源があるらしいのだが、現在調査中。)

・レベル4系列の魔法
いかにドラクエっぽくしないように、かつ英語でもない魔法を模索しているうちによくわからない世界に来てしまった人達もいる。
語感からイメージがおよそできないような独自言語としての魔法である。
「ブレス・オブ・ファイア」や「ドラゴンスレイヤー英雄伝説」がそのような感じだが、何よりも・・・チャンピオンは「レナス」である。例えば、
「ズザン」「ズゾムン」「ズゾボン」「ズゼロゴーン」「ガスズゼコン」(炎系)
という、何か製作者が悪い夢でも見ていたのかと思いたくなるような壮絶な響きだ。
呪文が要素の組み合わせでできるなど体系化されているのだが、
「モメカバック」(魔法反射)「モミソゴーン」(吹雪)など、腰が抜けそうになる。日本語にこんな発音があったのかという印象だ。

・現実世界からの干渉のある呪文
英語化の波はゲームの容量が増すにつれて押し寄せた。中には要請のほうに文句をつけて、えらく長い英語呪文を認めさせてしまったものもある。
その一例が「ソード・ワールドSFC」だ。
「バルキリージャベリン」「フォースイクスプロージョン」と長いったらありゃしない。

さて、ゲーム黎明期、そして言語新生形式の呪文の終焉を飾る偉大なる統率者、それこそが「ルドラの秘宝」の言霊システムである。

・ルドラの秘宝の言霊
このゲームは自分で6字以内の言葉を自由に組み合わせ、それが一定の法則に基づいて魔法になるというシステムなのだが、これは未来永劫超えるものがないのを保証する。何せレベルで規定することができない。
とにかく呪文の全てをカバーしているのだ。レベル1および2として、日本語英語で属性を表しそうな言葉が無数に単語として登録されており、それにふさわしい効果、強さを持つ。
「火」なら「レッカ」「フンカ」「ジカビヤキ」「フレイム」「バースト」全てが火の効果を発揮する。
その上で、ドラクエ的な強化接頭辞も、感覚的につけることができる。
「ギガレッカ」はより強いし、「ゴン」をつければ効果範囲を広げることもできる。
かつレベル3的な正式な魔法体系も存在している。「イグ」「イグナ」「ラーイグムル」「グランイグナ」などがそうで、「フルダムポテ」「キディヲピパ」となるともはやレベル4の領域だが、とても複雑すぎて語り尽くせない。
さらにこっそりドラクエやFFの呪文まで効果を発揮してしまうのである。
これを偉大なる創造と言わず何と言おうか。日本語と英語(日本語化されているものなので結局は日本語だが)をないまぜにして、新言語作製による世界観の構築も成している。

ルドラが最後に現れて以降は制約も少なくなり、言語の創造という形での呪文はどんどん減っていった。
呪文は死んだ。我々はその巨大な墓標の前で、ただ立ちつくすばかりである。
いつかそれが掘り起こされる時、我々はその輝きをまだ理解できるのだろうか?

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