なぜスペイン人はゲームで悪者なのか
〜語感とネーミングの密接な関係〜


今回は、「スペイン人」を手がかりに、ゲームに見られる語感とネーミングの関係について迫ってみたい。
簡潔さのためにこういうタイトルにしたが、厳密にはスペイン人というのは不正確で、対象にするのは「スペイン語の人名(特に男性名)」である。
つまりスペイン人でもメキシコ人でもベネズエラ人でもかまわないわけだ。
また、これからする話は決してゲームのスペイン人が悪者だと言いたいわけでもない。そもそもスペイン人がそのまま出てくるゲームは大航海時代なんかを除けば、日本の作品にはほとんどないだろう。
そうではなく、「ゲームに出てくるスペイン語の人名」がおしなべて悪者だと言いたいのだ。
どういうことか。それを以下に説明していこう。


創作物には必須の外国語人名

外国語、特に欧米の言葉による人物名は、ゲームに限らずファンタジー系の創作物一般でたびたび用いられている。
そのことは適当なゲームのキャラ名を思い浮かべればすぐにわかるはずだ。
そこら中カタカナ名だらけで、日本語の名前が出てくるのはせいぜい「東の国」などといった特殊ケースのみである。
つまり、日本語の中では外国語人名は「ファンタジー感」を出す材料として用いられているといえる。
決して舞台はヨーロッパやアメリカではないのに、こうした作品ではカタカナの名前を使わないことにはどうにもしっくりこないだろう。
やっぱり、外国語の人名はファンタジーとは切っても切れないものなのだ。少なくとも日本では。

しかし、一口に外国語と言ってもいろいろあり、普段意識していないかもしれないが、ゲームの中でもさまざまな国の言葉からキャラの名前が取られている。
今回は、その中でもスペイン語の名前に注目する。
スペイン語はスペインのみならず、中南米の多くの国で使われており、
スポーツ選手の名前などで見る機会が多いと思われる。
カルロスとかロベルトとかホセとか、どこかで聞いたことがあるだろう。
実は、ゲームの中のスペイン語名キャラはその役どころに顕著な特徴が見られるのだ。
それについてこれから見ていきたいと思う。

ネーミングの2つのタイプ

スペイン語名がゲームの中でどのように用いられているかを示す前に、そもそもキャラの名前にはどんな意味があるかを考えてみたい。
ゲームでのキャラの名づけ方にもいろいろあるが、大まかに言って「出典タイプ」と「語感タイプ」に分けられる。

出典タイプの名づけ方
出典タイプというのは元となる神話や物語、あるいは実在の人物から、元の人物の性格を考慮したうえでキャラ名を取ってくるもので、典型的なのはオウガバトルシリーズだ。
オウガバトル作品のキャラ名はさまざまなところから取られているが、ロンウェーやランスロット・タルタロス、ゼベクやボルドウィン・グレンデルなど、名前が悪魔など悪いものに由来しているキャラは、たとえ味方陣営でも悪人かあるいは敵に回るという隠れた法則がある。
これらは出典がキャラの性質を表しているわけだ。
もう一つのわかりやすい例は、ロマサガ2のクラスごとの名前。
ホーリーオーダーなら聖人の名前、インペリアルガードなら武将の名前と、歴史や伝説上の人物からそのクラスに合ったものが選択されている。

語感タイプの名づけ方
もう一方の語感タイプは、出典はどうあれ、日本語の響きないし意味がキャラを表しているものをこう呼んでいる。
一番わかりやすいのはドラクエで、父親だからパパス、おじさんだからオジロン。これなんかは元の意味そのままだが、
その他にもバルザックにゲマ、さらに悪徳大臣の星ゲバンを考えてみてほしい。
なんか名前からして悪そうだ。そして実際に悪いやつなのである。
これは逆を考えてみればよくわかる。主人公の父親ゲマを殺した憎い仇がサンチョだったら、やる気もなくなるだろう。
これが、語感がキャラを表しているという例である。

この二つのネーミング方法のうち、出典タイプは作り手に知識が必要なことはもちろん、受け手にもある程度の前知識が必要となる。
ロマサガ2の例で言うならば、ハンニバルやコウメイがいかにも強そうなのは元となる人物を知っているからで、
同じクラスのダブー(おそらくナポレオン配下のダヴーのこと。とっても優秀な参謀)のようなマイナーな人物だと、強さは伝わりづらいだろう。
なので、万人受けしやすいのはパパスのような語感タイプのネーミングである。
こちらも幅広い語彙はあったほうがいいが、大事なのは外国語の知識よりも日常的な言葉のセンスである。
どんな名前なら一般に強そうとか悪そううとか、かっこよさそうとか受け取られるかを感じ取る能力が必要なわけだ。
同じインペリアルガードのワレンシュタイン(三十年戦争で活躍した傭兵隊長)のように、
名前からして強そうな上に、実際にも強かったというケースもあり、この二つのタイプは組み合わさることもあるが、
いずれにせよ語感が重要でない状況はないので、キャラを作る際には常に気を配る必要がある。


名前はキャラを表すべきという鉄則

さらに、この両方の事例から、ネーミングの鉄則のようなものを導き出してみよう。
それは「名は体を表す」ということだ。
現実ではそうもいかないが、ゲームのキャラクターにその性格に合った名前をつけることは、キャラ作りの点でも覚えやすさの点でも意味がある。
これはゲームに限らず創作物一般に言えることで、小説家の夢野久作には同じネーミングについての話題を扱った「創作人物の名前について」という小論がある(青空文庫で読める)。
ここで夢野は、登場人物の名前というのは読者に与えるイメージに影響するし、小説の出来にも大きく関わってくると言い、
「トラ子と花子と二人並べたら花子の方が美人にきまっているし、松子と清子なら清子の方が病身にきまっている。大山壮太郎が小男で、小川一平が雲突く大男と書いたら読者はちょっと首をひねるであろう」
などと述べている。
およそ百年前の夢野の言語感覚は今と若干違うかもしれないが、この発言がさっきのゲマの話と変わらないことはわかるだろう。
さらに夢野は、よいネーミングの条件として、人物の性格や外見と名前が合っていること読者が覚えやすいことあまり突飛な名前にしないことを挙げていて、
主役でも脇役でも、名前をつけるということは実に大変な作業だと語っている。
ネーミングの際の悩みは今も昔も同じことだし、名が体を表すということは創作において重要なことなのだ。

ゲームの中のスペイン語名

上で述べた、名前とキャラの結びつきについては理解できただろうか。
それを踏まえて、ゲームにおけるスペイン語の人名の扱われ方を見ていきたい。

ドラクエのスペイン語名
まず、語感タイプのネーミングの典型であるドラクエを見てみよう。
まずピサロがスペイン語だ。このネーミングはどちらかというと出典タイプで、語感はあまり強そうではないが、
その点もピサロのキャラをよく表しており(敵として戦う時はこの名前ではないわけだし)、「敵はスペイン語」の端緒といえる。
6には兵隊軍団の一人にガルシアがいる。彼も決して悪人ではないが、7には同名人物がダーマ神殿の決闘場でボスとして登場する。
この辺りから、ドラクエではスペイン語あるいはイタリア語の人名がやたらと敵に回り始める。
たとえば7のデス・アミーゴ。アミーゴはもちろん「お友達」の意味だが、「デス・フレンド」では決してボスになれないところでのスペイン語の起用である。
またオルゴ・デミーラもラテン系の響きだし、ドルマゲスは間違いなくスペイン語名からの派生だ。
ここ一番の大物にスペイン語が使われている傾向がある。

FEのスペイン語名
さらに「敵はスペイン語」が顕著なのは、ファイアーエムブレムシリーズだ。
FEは敵と味方でキャラの顔グラに格差があることで有名だが、名前も同様である。
味方はいい奴っぽい名前で、敵はいかにも悪そうなのだ。特に山賊、海賊の類。
スペイン語名のキャラを取り上げてみると、外伝のガルシア(祈祷師)、紋章のゴメス(海賊)、聖戦のロベルト(パラディン、ほか2名)、
トラキアのゴメス(ウォーリア)、封印のゴンザレス(山賊)とゲレロ(バーサーカー)、聖魔のガルシア(戦士)・・・
これだけ見ても、驚異の蛮族率である。やたらと武器が斧だ。
ロベルトはイタリア語名でもありうることを考えれば、スペイン語=斧というイメージがFEに存在していることがわかる。
ゴメスとガルシアが2回ずつ登場しているのに、同じくらいメジャーな名前のホセやフアンがいないことも、いかにスペイン語の中で名前を選択しているかも理解できるだろう。

メタルマックスのスペイン語名
最後に挙げるのはメタルマックスシリーズ。こちらは元々西部劇の雰囲気を受け継いでいるだけに、スペイン語名(=メキシコ人)が悪いやつだというのは当然ともいえる。
ここにもやっぱりゴメスがいるし、バッド・バルデス、ガルシア、ロドリゲス、ドミンゲスとスペイン語名の賞金首は枚挙に暇がない。
しかし、メタルマックスの場合でも多くのスペイン語名の中から強そうなものを選択しているのが明らかだ。
ホルヘもロペスもフェリペもスペイン語だが、ハンマーを持ったりマシンガンを持ったりして悪事を働くのはゴメスやバルデスでなければダメなのである。

なぜスペイン語名はゲームで悪者なのか

ここまでの事例で、いかにスペイン語の人名がゲームで悪役を担っていることがよく理解できたことと思われる。
しかも、スペイン語名の中でもゴンザレスやゴメスやガルシアが集中的に悪いやつの名前につけられるという傾向がある。
これはなぜだろうか。その答えは、先ほど述べた「名は体を表す」のルールにある。
一言で言うと、スペイン語の人名は強そうであり、それが悪役につけるのにぴったりなのだ。
「強そう」と「悪役」の関係は意外に見えるかもしれないが、敵が強そうというのは倒しがいがあるということを意味する。なので自然と強そうな名前は敵側に回るというわけだ。
スペイン語名がおしなべて強そうだということを示すために、比較対象としてフランス語の男性名も挙げてみよう。
ジャン、ミシェル、ジョルジュ、リシャール、アンリ・・・このラインナップと、
先ほどのゴンザレス達とが想起するイメージを比べてみてほしい。
ゴンザレスとミシェルではどちらがパワータイプだろうか。ゴンザレスに決まっている。
・・・もちろん、ここに出てくる名前がすべてではない。スペイン人にも弱そうな名前(フアンとか)はいるし、フランス人にも強そうな名前(ギョームとか)はいる。
しかし、大事なのは創作物においてどの名前が選ばれているかであって、実際の名前の分布ではない。
数ある名前の中から、ゴンザレスやガルシアが選択されている点に意味があるのだ。

スペイン語名が強そうに聞こえる理由

これで、特定のスペイン語の人名がゲームに悪役としてよく出てくるわけはわかったことだろう。
では、なぜそれらのスペイン語名は強そうなのだろうか。
薄々感づいている人もいるかもしれないが、それは日本語の語感によるものである。
それを明らかにするために、スペイン語に限らず、強そうな名前を集めてみよう。
例として語感主義が顕著なFEの山賊や海賊をピックアップしてみる。
ガイル、ガザック、ゴメス、ダール、デマジオ、ゲラルド、ドバール、ピサール・・・
この辺りの名前は、ピサールを除いて濁音だらけなのに気づくことができるだろう。
そう、強さ・悪さは濁音、特にガ、ダ、バ行の音から来るのだ。
一方ハ行、パ行は弱さあるいは気の抜けた感じがある。ホセやフアンが出てこないのはそのためだ。
詳しい調査はしていないが、これは日本語特有の感覚だろうと思われる。そうでなければ、スペイン人は誰もが認める強そうな人達というイメージが広まっているはずだからだ。もちろんそんなイメージはないだろう。
さらに、スペイン語名の秘密は濁音だけではない。たびたび出てきているが、「〜ゲス」「〜デス」という特有の語尾は「下衆」や英語のデスをイメージさせ、悪いやつの名前としてことのほかぴったりなのである。
加えて、最後が「ス」で終わると西洋人の男性名という漠然とした印象も広まっており(大まかにいって間違いではない)、
人名っぽさもなんとかゲスやなんとかデスからは醸しだされている。それを踏まえてのドルマゲスなのである。

総じて、一部のスペイン語名は悪役につけるものとして理想的で、だからゲームでもよく出てくるのだ。
同様の人名への固定イメージはドイツ語にもあり(ヴィルヘルムとかヴァルターとかヘルムートとか)、
こちらはスペイン語とは別種の強さを出していると思われるが、それについてはまた別の機会に考えるとしよう。

まとめ

今回述べたことを以下にまとめてみよう。
ということである。スペイン語に限らず、あるキャラにはなぜこの名前がつけられているのかを考えてみれば、作者が創作物にこめた思いを読み解く助けになるだろうし、
自分でキャラを創作する際にも、このことは参考になるはずである。
言葉の持っている力を考慮して、作品世界に広がりを持たせてみてほしい。
「創作人物の名前のつけ方は、一つの立派な芸術(by夢野久作)」である。


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