ゲーム雑誌データベース
Nintendoスタジアム 概要


ここでは、ゲームの歴史の研究に欠かせない、ゲーム雑誌の情報を記載しています。
ゲーム雑誌はゲーム業界を映し出す鏡であり、その当時の状況を伝えてくれる何よりの資料といえます。
そうしたゲーム雑誌の情報を保存することは、ゲームの歴史を知る上で非常に重要なことといえるでしょう。

手はじめにこの雑誌、Nintendoスタジアムを選んだのは、手元にほぼ全巻そろっているうえに総数もそこまで多くないので、全容を把握することが容易だったからです。
このページは概要として、雑誌の基本データと創刊時の状況、全体的な特徴と各巻の大まかな情報を記述します。


基本データ

Nintendoスタジアム

雑誌種別:任天堂ハード専門誌
対象ハード:SFC、64、GC、GB、GBA
刊行期間:1998年7月ごろ〜2002年6月・全44号
刊行頻度:ほぼ月刊→月刊
刊行者:株式会社徳間書店/インターメディア→毎日コミュニケーションズ
サイズ・形式:A5中綴じ→A5無線綴じ



雑誌解説

創刊時の状況

長い歴史を持つファミリーコンピュータMagazineの後継誌であるファミマガ64は、1998年5・6月号を最後に突如休刊してしまった。ファミマガ元編集長の山本直人氏によると、この休刊は徳間書店のゲーム部門担当の子会社であるインターメディアの解散が原因らしい(本人のツイート参照)。
ファミマガ64の休刊後、徳間書店からの後継誌はない状況だったが、時代は折しもポケモンブームであり、任天堂ハードは大いに盛り上がっていた。
実際に、1998年にはポケモンスタジアム発売、ピカチュウバージョン発売、全国大会開催、映画「ミュウツーの逆襲」公開、テレビアニメ放映再開、スタンプラリー開催、ポケモンジェット就航、ポケモンセンター開店と、ポケモンに関する出来事が相次いでおり、本年はまさにポケモンの年であった。
TV番組の「64マリオスタジアム(旧名:スーパーマリオスタジアム)」もポケモン情報をたびたび伝えており、ファミマガ64編集者のトランセル種市(種市真澄氏)も1997年5月4日放送分より解説者役として登場していた(Nintendoスタジアム旧2号参照)。
こうした状況下で、64マリオスタジアムと連動しつつ、ポケモン情報を主に提供するファミマガ64の実質的な後継誌として刊行されたのが、Nintendoスタジアムである。

ファミマガ64とNintendoスタジアムの関係について、編集スタッフの面から確認してみよう。
ファミマガ64最終号とNintendoスタジアム創刊号とでは、発行人の山森尚氏、編集人の相沢浩二氏をはじめとする7名の編集スタッフが共通している。
販売部および広告部もほぼメンバーは同一である。
また、ウルテクなどファミマガから引き継いだ要素もあり、これらの点から本誌はファミマガ64の後継誌とみなすに十分である。

創刊後の変遷

本誌ははじめ月刊と隔月刊が混在する不定期刊行であったが、1999年より完全月刊化し、製本形式が中綴じから無線綴じに変わり、号数も1から振り直された(区別のためにここでは非月刊時の号数を「旧○号」と記述する)。
その後、1999年3・4月合併号を最後に徳間書店/インターメディアからの刊行が終了し、5月号からは株式会社アンビット編集、毎日コミュニケーションズ刊行となった。
これにより同社が刊行している任天堂ハード専門誌の「64 Dream(後のNintendo Dream)」と兄弟誌という扱いになる(詳細は9号参照)。
その後、64マリオスタジアムの情報は徐々に少なくなり、番組も2000年に終了する。
この頃からポケモン以外のゲーム情報も増え始め、一般的なゲーム雑誌に近づいていく。
そうして4年にわたって刊行が続けられたが、2002年8月号を最後に本誌はNintendo Dreamに吸収されることになり、名前の上ではNintendoスタジアムは消滅することとなった。
合併後はどうなったかというと、種市氏や、ファミマガの時期から参加し、最終的にはニンドリ編集長にまでなったマッスル・イガリンこと五十嵐氏をはじめ多くのスタッフはNintendo Dreamに移ったようである。
一方で合併前のニンドリ最終号(71号)を見ると、何人かのスタッフが離脱宣言をしている。
こうした点から、名前はなくなったものの、Nスタの体制は比較的そのままニンドリに移されたとみなしていいだろう。

刊行期間のゲーム業界の状況

本誌の刊行時期は1998年〜2002年だが、1998年時点ではNintendo64の発売から2年で、スーパーファミコンのソフト発売もほぼ終了していた。
一方でゲームボーイはポケモンブームによって復活したばかりであり、ソフトが次々と発売されるほか、98年にはゲームボーイライトやゲームボーイポケットも発売され、ますます人気を高めていた。
その後、ゲームボーイアドバンスとゲームキューブ(開発中名称:ドルフィン)の情報が2000年のスペースワールドで公開され、翌年に双方とも発売された。
そのため本誌は64中期〜後期、GC初期、GB第二期、GBA初期の情報を扱っているといえる。

一方で他のハードを見ると、ドリームキャストが1998年、プレイステーション2が2000年発売であり、とりわけ97年にFF7、99年にFF8、2000年にDQ7が発売されたPS市場は大いに盛り上がっており、新ハードへの移行もGCより先行していた。
ポケモンの勢いがあったとはいえ、この時期の任天堂ハード界隈は全体から見るとあまり大きなシェアを有していなかった。

本誌の特徴および得られる情報

Nintendoスタジアムは第一にポケモン情報誌である。2000年頃からポケモン情報一色ではなくなるにせよ、どの時期でもポケモンの攻略、新作情報、イベント情報、グッズ情報は非常に充実している。
例として、ポケモン大会の様子は1ターンごとに記録され、使用したポケモンのステータスや技をはじめ行動や与えたダメージまで記されている。
戦術面の考察や育成面のアドバイスも多く、当時ははっきりと解明されていなかった固体値や努力値を意識した育成法も載っている。
64マリオスタジアムの番組内容も詳細に伝えており、この番組の記録資料としても有用である。

その他の記事は基本的にファミマガの様式を踏襲しており、新作情報の他にウルテクや読者投稿ページがある。一方でゲーム業界の情勢分析や制作者インタビューは少なめ。コミックやコラムなどの読み物もない。
また月刊誌になってからは付録がほぼ毎号ついており、攻略や新作情報を提供していた。
任天堂ハード専門誌ということもあり、それらのハードに関しては十分な情報が載っているといえる。

各号概要


ここではNintendoスタジアムの各号の号数や発売日のリストを記載する。
発売日に関しては前の号の予告から得ているために、実際は変更されている場合がある。
付録ありのものは「有」とし、2つついているものは「有(2)」とした。
発売年 No. 号名 発売日 付録 備考
1998 1 1号 7月ごろ 創刊号
2 2号 8月20日
3 秋号 9月17日
4 秋号増刊 11月19日
5 冬号 12月17日
1999 6 冬号増刊 1月21日
7 春号 3月18日
8 春号増刊 4月16日
9 夏号 6月17日
10 夏号増刊 7月16日
1 10月号 8月21日 月刊化・号数振り直し
2 11月号 9月21日
3 12月号 10月21日
2000 4 1月号 11月20日 有(2)
5 2月号 12月21日 有(2)
6 3月・4月号 1月21日
7 5月号 3月ごろ 刊行元変更
8 6月号 4月21日
9 7月号 5月20日
10 8月号 6月21日
11 9月号 7月21日 有(2)
12 10月号 8月21日 有(2)
13 11月号 9月21日
14 12月号 10月21日
2001 15 1月号 11月21日
16 2月号 12月21日
17 3月号 1月20日
18 4月号 2月21日
19 5月号 3月21日
20 6月号 4月21日
21 7月号 5月21日
22 8月号 6月21日
23 9月号 7月21日
24 10月号 8月21日
25 11月号 9月21日
26 12月号 10月20日
2002 27 1月号 11月21日
28 2月号 12月21日
29 3月号 1月21日
30 4月号 2月21日
31 5月号 3月20日
32 6月号 4月20日
33 7月号 5月21日 有(2)
34 8月号 6月21日 最終号


関連コンテンツ

各号詳細 1998〜2000年

各号詳細 2001〜2002年

Nintendoスタジアムから読み解くゲーム史



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